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天沈さん

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夏の夜の夢

16/08/30 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:1件 天沈 閲覧数:729

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仄暗い参道に、紅い提灯がぼうっと浮かぶ。週末になると開かれる縁日で、神社の境内は賑わいを見せていた。老若男女、行き交う人々は皆一様に楽し気で、こんな場所に一人佇む自分が惨めになる
「お兄さん、こんばんは」
……?僕に声を掛けたのだろうか
シャツの裾をくいと引かれて振り向くと、歳にして七つか八つの女の子がにこりと笑ってこちらを見上げていた
「今晩は。どうしたの?お母さんと逸れちゃったのかな」
「ううん、お祭りには一人で来たの。でもね、ちょっと寂しくなったから、誰か一緒に遊んでくれたらなあって思って」
俯いた拍子に、おかっぱにした黒髪がさらりと溢れる
「お兄さんも一人なんでしょう?ちょっとの間で良いの。私と一緒に遊んでくれない?」
こてん、と首を傾げる様子がなんとも愛らしい。この年頃の子が一人で祭に来るなんて、珍しいこともあるものだと思った
「僕は構わないけど、お家の人が心配しないかい?」
「大丈夫よ。屋台が店仕舞いするまでは、遊んで良いって言われたもん」
「それならまあ、少しだけね」
「本当?嬉しい!」
両手を広げてくるりと回ると、蝶々結びにした帯がふわりと揺れた。紅い浴衣に真白な帯。小さな足に紅い鼻緒の下駄を履いて、嬉しそうに跳ねる様は金魚みたいだ
「何して遊ぶ?追いかけっこも隠れん坊も、私得意よ」
「そんな、こんな所でする遊びじゃないだろう」
「そんなこと、ないわ」
コロコロと鈴のように笑うと、「お兄さんが鬼!」と残して人混みに紛れてしまう
「あ、ちょっと!」
返事をする間もなく、少女の姿は人波に呑まれて見えなくなった
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
ガヤガヤとした喧騒の向こうから、唄うように僕を呼ぶ。言われるが侭、僕は人々の間を縫うように歩く少女の背を追い掛けた
「こっちよ、こっち」
するりするりと、彼女は影のように上手に人の波を避けて行く
「ちょっと、待ってよ!」
提灯の下で揺れる帯は、靡く金魚の尾ひれの如く、ふわふわとこの夜を泳ぐのだった

「……ほら!捕まえた。これで僕の勝ちだ」
暫く境内中を走り回った後、どうにか彼女を見つけた時には、すっかり人気のないお宮の裏手あたりまで来てしまっていた
「あーあ、捕まっちゃったあ」
残念だなあと言いながら、少女は寂しそうに僕を見上げる
「もう、お終い?」
「うん。時間も遅いし、君も帰らなきゃいけないだろう」
分かりましたの合図なのか、彼女の小さな手が僕のシャツの裾を掴んだ
「じゃあさ、最後に少しお話しよう?」
「いいよ、どんな話?」
あのね、と声を潜めると、僕の耳元に口を寄せる
「お兄さんは知ってる?八月最後の縁日に、ユーレイが出るっていう噂」
「幽霊?」
思わぬ言葉に、背筋にピンと緊張が走る
「うん。お盆の時期になるとね、自分が死んだ事に気付いてない幽霊が、お祭りに紛れ込んじゃうんだって。それでね、普通のヒトに混じってお祭り見物したり、一人で歩いてるヒトに声を掛けたりするんだって」
「へえ……詳しいんだね。初めて聞いたよ」
「そうなの?有名な話なんだけどな」
大人びた笑みを浮かべて、彼女は淡々と言葉を紡ぐ
「幽霊はみんな寂しがり屋でね、誰かに遊んで欲しいんだって。じゃないと成仏出来ないんだって」
「そっか、独りぼっちじゃ心細いだろうしね」
「うん、そうなの」
だからね と言いながら、彼女は強い力で掴んだままのシャツを引いた
「だから、お兄さんに声を掛けたんだよ」
耳鳴りがする。今し方、強い風が吹いたからかも知れない
「私ね、お兄さんに、ひとつ言わなきゃいけない事があるの」
耳鳴りが酷くなる。何だろう、この感じ
「うん……何かな?」
「言っていい?怖くない?」
「……うん。大丈夫だよ」
嘘だ、本当は聞きたくないよ
「お兄さんてさ」
……あ。
「もう死んじゃってるよね」
一瞬だけ、時間が止まったような気がした

「私ね、見えるんだ。お兄さんみたいな人のこと」
優しく口を開くと、握りしめていたシャツの裾から手を離す
「お兄さん、迷子みたいだったからさ。思い出した?」
「そうだ僕、ここで交通事故に遭ったんだ」
神社へ向かう途中の道で、暴走気味のバイクと鉢合わせて
「気付かなかった、自分がもう死んでる事に。だからつい、人の集まる場所に来ちゃったんだな。君のお陰で、居るべき場所に帰れそうだよ」
ありがとうと言うと、彼女は瞳を潤めて頷いた
「最後に君の名前、教えてくれないか」
「夏実だよ」
「凄いや。僕の妹と同じ名前だ」
視界が段々、ぼやけていく
「僕が死んだ時は、まだ赤ちゃんだった。今頃、君くらいの歳になってる筈だよ」
視界が眩むその刹那、夏実ちゃんの叫ぶ声が聞こえた
「大好きだよ、お兄ちゃん!」
ああ、そうか

「僕もだよ、夏実」


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このストーリーに関するコメント

16/09/06 クナリ

お兄さん、と何度も呼び続けて最後に……というラストシーンがお見事でした。
天真爛漫に見える彼女の気遣いが、なんとも切ないですね。

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