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海見みみみさん

はじめまして。 時空モノガタリで修行させていただいています。 焼き肉が大好物。

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期待はずれの娘

16/08/27 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 海見みみみ 閲覧数:1269

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 今、自転車で駆ける私はスポーツカーよりも速い。私はコンビニでのバイトを終え、猛ダッシュで稽古場に向かっていた。

 私はとある劇団で役者をしている。今年で入団三年目。まだ端役しかやらせてもらえてない。それでも私は演劇が好きで、このまま役者を続けていきたいと思っていた。

「今日は大事な話がある」
 稽古場にて。今日の練習を終えると、団長が低い声でそうつぶやいた。それだけで何の話か理解する。稽古場の空気は一変した。
「今回のチケットノルマに関する話だ」
 団長の声がさらに低くなる。チケットノルマとは、劇団の団員が売らなくてはいけないチケットの事だ。その枚数が毎回決まっている。
「今回は一人三十枚売ってもらう」
 その一言に気持ちが重くなる。三千円のチケットを三十枚、つまりは九万円分売らないといけない。
 どんなに知人や友人を誘っても、三十枚もチケットが全部売れることはない。そうなると、私達役者は売れなかった分のチケット代金を負担する事になる。
 私は売れて二十枚が限界だろう。でも残りの十枚、三万円を負担するには今の稼ぎでは厳しい。
 仕方ない。私はある覚悟を決めた。

 その日、私は半年ぶりに実家へ帰った。しかし両親は優しく迎えてくれない。当然だろう。私は両親にお金を無心しに来たのだ。
「それで、いくら貸して欲しいの?」
 以前より頬のこけた母が私に問う。
「その、三万円……」
「三万円って、そんなお金一体何に使うの」
「これ……」
 私は両親にそれぞれ今日配られたばかりのチケットを渡す。それを見て、母は大きくため息をついた。
 隣に座っていた父が私の目を見据える。
「大学は中退する、結婚もしない、当然孫を抱く事もできない。お前には期待を裏切られてばかりだ」
 父の言葉が胸に刺さる。私は何も言い返せなかった。
「とにかく今日は帰りなさい。お金は後で振り込んでおくから」
 父が冷たい声でそう告げる。お金が借りられて嬉しい。でももうこの家は私の帰る場所じゃないんだ。そう思うと悲しくなる。私は「ありがとう」とつぶやくと、うつむいたまま実家を出て行った。

 一人暮らしの家に帰り、布団の上で考える。
 私はなんのために役者をしているんだろう。最初は演劇が好きで、それで大学を中退してまでこの世界に飛び込んだ。でも現実は厳しくて、私は未だに端役しかやらせてもらえない。
 普段はバイトばかりして、必死にお金を稼ごうとしている。でもチケットノルマや稽古場の維持費のために毎月お金が消えていく。
 チケットを必死に売ろうとしていたら、多くの友達が私を避けるようになった。これも自業自得だ。
 本当に私は何をしているだろう。
『もう演劇なんてやめなさい』
 両親の幻影が私にそう告げる。やはり演劇をやめるべきなのだろうか。
 私の目から水滴が一粒こぼれ落ちた。

 それから両親にお金を振り込んでもらい、チケットもなんとか売り切った。
 そして今日は公演初日。私は舞台の上に立っていた。私の役は名家から落ちぶれた哀れな夫人だ。
「私は福引で言えば残念賞のポケットティッシュ。ポケットティッシュに何の存在意義があって?」
 セリフに共感を込めて演技する。こうやって舞台の上に立っている時は、今までの嫌なことを全て忘れられた。今は役を演じられる楽しみを味わおう。
 こうして私は初日の公演を終えた。

 公演終了後、私達役者は観客の皆さんと出入り口のスペースで談笑する。何人かのお客さんと話を終えた後、これで今日は終わりかと私は舞台裏に戻ろうとした。
「――!」
 私の名前を呼ぶ声。それは聞き覚えのある声だ。振り返るとそこには両親の姿があった。
「二人とも、どうして?」
「チケットをもらったから、せっかくだと思って」
 そう言えば両親にチケットを渡していた事を思い出す。父は一度セキ払いをすると私を見つめた。
「ポケットティッシュだって存在意義はある。現に俺は公演の終盤、ずっとこいつの世話になっていた」
 そう言われ、初めて父の目が赤くはれている事に気づく。劇中のセリフに対する言葉。それに胸が熱くなる。
「とてもいい演技だったわ。これからが楽しみ。今度は期待を裏切らないでね」
 そう口にする母の声は優しい。
『今度は期待を裏切らないでね』それはつまり私はまだ役者を続けていて良いという事か。私は演劇を続けて良いんだ。
 その言葉の意味を噛み締め、私は両親に抱きついた。


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