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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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あの駅から、どこかへ

12/10/01 コンテスト(テーマ):第十四回 時空モノガタリ文学賞【 駅 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:1538

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その朝も投げた石は綺麗な放物線を描いて、フェンスの向こう側へと落ちていった。
そして小学生の僕は一目散に走って逃げ、そのまま分団の集合場所を目指す。
よくある悪戯だ。でもこれは、石をレール上に収める事が目的ではなかった。もしそうなら、わざわざ鉄条網も張られていないフェンスの手前でこんなまどろっこしい事はしていない。
つまりその程度の軽い気持ち、幼い覚悟だったのかも知れない。

当時の僕は『犯行現場』からも見える最寄り駅を、事ある毎に睨み付けていた。
駅から出た電車はいつも石を投げ込んでいる線路を通って、どこか知らない街に行く。閉塞的な郊外のこの街に、僕は母親と越して来た。その母も仕事であの駅から電車に乗り、度々夜遅くに帰って来た。
そういう家庭の事情も手伝ったのかも知れないが、僕は随分と早熟な子供だった。周りの小学生らしい小学生にも馴染めず、放課後は誰も居ない家の留守を独り任され、ただマンションのベランダから下界を見下ろすだけだった。
巣穴から這い出てきた蟻の如く、仕事帰りの人々が駅からこちらに向かって来る。僕は一時でもここから離れられる彼らがたまらなく羨ましかった。
どこか別の場所に行きたい。父親の事はもはや諦めていたが、前の学校には気心の知れた友達もそれなりにいた。家庭内で感じた不和も彼らと一緒にいる間だけは忘れる事ができた。今ではそれすらもない。
どこか別の場所に行きたい。
その思いは日増しに強くなり、次第に歪んでいった。

毎朝石を投げるのは、僕からのそんな『世界』への挑戦だった。
とんでもない事が起こって、無機質な毎日が何らかの形で終わりを告げる。半分は醒めていながらも、半分は本気だった。
そして日々のこの行為は、背徳感よりかはむしろ秘術めいた高揚感を僕にもたらした。今思い返すと、永らく忘れていた随分と子供らしい感情だった。以前住んでいた街には駄菓子屋があって、そこで買った火薬を近所の公園で鳴らしては友達と意味も無くはしゃいでいた。
少ない小遣いを何に回すか悩んでいたあの頃に比べれば、食費の名目でかつてとは比べ物にならない程自由なお金がある。けれど、どこかへ逃げ出してしまえる額では流石になかった。
だから僕はその日も石を投げ込み、うんざりする程広い鳥籠の中で精いっぱいの抵抗をしてみせた。
「だ、ダメだよ」
背中にかけられた声に、僕は一瞬動けなくなった。だが、それが年端もいかない子供の――それも女の――ものだと知って、すぐに振り返った。
案の定、そこにいたのは同じくらいの歳の女子だった。随分とおとなしそうな子で、恐る恐る、勇気を振り絞り声をかけて来たのが一発で解った。
昔の、とりわけ小学校時代の同級生の顔など一人も覚えてはいない。それは当時からだったが、ただやはりこの辺りの子供ではあるのだろう。登下校では見かけた事がある。一つ下の学年だった筈だ。
僕は不利な状況にありながらも、ひどく冷静に言った。
「先生に言うの」
「え……」
「というか、何がダメなの」
「だ、だってそこ、電車……」
「あんな小さな石で?」
我ながら子供じみた論法だったとは思う。しかしながら僕は、少女の言葉の出所をこの歳にして既にぼんやりと知っていた。先生が、大人が、世の中が……世界が。もう、そういうのはうんざりだった。このまま言う事を聞いていたら、僕の方が潰れてしまう。
そんな事を理屈っぽく一頻り言ってみせると、少女は泣きながら分団の集合場所へと駆けて行った。
僕は石を放り込んでから、少しゆっくりめにその後を追いかけた。

ある日、日常は破られた。
あの駅から出た電車が脱線事故を起こしたのだ。
死傷者を多数出し、連日報道陣が押し掛けて見慣れた景色が何度もTVに映った。何でもない街の名前は一時的にだったが、日本中に広まった。
その日の朝も石を投げ込んでいた僕の戦慄は想像に難くないだろう。しかし、投石と事故については何の因果関係も認められなかった。事故現場は確かにいつもの場所からは距離があり、一般的な小学生の肩では少々無理があるような気がした。
気が、した。
終いにはカラスの仕業とも、レールの欠陥だともされた。けれどもこの世界で僕一人だけは、そうとは思えなかったのだ。毎日毎日まるで祈祷でもするかの様に石を投げて来た僕には、どうしても確証を得られなかった。
違う、と何を証拠に言い聞かせても。
そう望んだのは、僕だった。
遠くへ行ける人間が妬ましかった。
……あの女の子は、きっとあの後誰にも告げ口しなかったのだろう。街に住む人より少し家庭環境が複雑な少年Aの続けてきた行為に捜査班が気付く事は、最後までなかった。
そして女の子は、その日両親と共に電車に乗っていたのだった。

今でも僕はあの駅から電車に乗って仕事へと通っている。
その前に、線路へ石を投げ込んで。


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