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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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生きて帰ると言ったじゃない……

16/08/21 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:742

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 松永が交番前で立哨していると、遠くの方からタエ子お婆さんの姿が見えた。そのおぼつかない足取りに心配に思うのはいつものことだが、タエ子お婆さんは気丈な女性で、手を貸そうとすると怒られるのを知っているので、松永は横目でチラチラと気にしながらも、正面を向いて立っていた。
 児童でも2分もあれば交番前に着く距離を、タエ子お婆さんはいつも15分かかる。前に年を聞いたことがあったが、93歳だと言っていた。松永は時計を見て15分がとっくに過ぎているのを確認すると、もしや? と不安になり顔を横に向けた。タエ子お婆さんは50メートル程先の電柱に手をつき休んでいるようだ。
 それから5分程を過ぎ、松永の横目に背の小さいお婆さんの姿がようやく映ると、直前まで気づかなかったふりを装い、松永は「あら、タエ子お婆さんこんにちは」と言った。
「お巡りさん、こんにちは。この暑いなかご苦労様です」
「タエ子お婆さん、熱中症は大丈夫?」
「お気遣い、いつもありがとうございます。できましたらお水を一杯頂だいできますか?」
 松永は交番の中に入り、コップに水道水を満たしそれを外で待つタエ子に渡す。交番の中で椅子に座って飲んでもらいたい気持ちは毎回思うのだが、それをしようとすると怒るので、松永は何も言わない。
 タエ子はコップを右手で持ち、コップの底を左手で添えながらちょっとずつ口に入れる。松永は両手を腰の後ろで組みながら直立不動の姿勢で、飲み終わるのをまった。
 コップに入った水をすべて飲み終わると、「ごちそうさまでした。大変に美味しかったです」と言って、頭を深々と下げながら両手でコップを差し出し、それを松永は受け取った。
「お巡りさん、鎧水ツグオは来ませんでしたか?」
 いつものことだったが松永は、「確認しますね」と言って、交番の中に入り書類を捲った後、外に立つタエ子お婆さんに「来られてないようですね」と言った。
 タエ子はがっかりした表情を一瞬垣間見せ、すぐにいつもの気丈な顔に戻った。
「いったい、うちの主人はどこをほっつき歩いているのかしらね?」
「そのうち、元気に帰ってきますよ」
 タエ子はお礼を言った後、またおぼつかない足取りで来た道を帰って行く。松永はその後ろ姿を見つめながら、71年間も主人の帰りを待ち続ける老婆を、涙が出そうになるのを堪えながら見送った。
 松永が巡査としてこの交番に赴任して来たのは2年前で、それ以前からタエ子は1日も欠かさず交番に、ツグオが尋ねて来なかったかの安否確認に来ていた。前任者から業務の引継ぎを受けた際、タエ子の身の上話を聞かされた。タエ子は大正11年に九州で生まれ育ち、21歳の時に鎧水ツグオと結婚したそうだ。国鉄に勤めていたツグオが満州鉄道に応援要員として移動になり、夫婦は満州国に渡った。それから1年後に満州で終戦を迎え、本土に引き上げる準備を急いでいる時、旧ソ連軍が攻め込んで来て、日本人の男達を強制的に連れ去ったそうだ。ツグオは連行される時、妻のタエ子に言った。
「必ず日本に生きて帰る。日本の家で俺の帰りを待っていてくれ」と。
それから20年後、生死不明のまま戦時死亡宣告の手紙が届いた。だが、タエ子はそれを信じず、『必ず日本に生きて帰る』と言って連行された主人の帰りを待ち続けているのだと、前任者は松永に話して聞かせた。それを聞き終えた松永は、大量の涙と鼻水を垂らし、神の非情な仕打ちに嘆いた。

 翌日、交番前で立哨していると、遠くにタエ子お婆さんの姿が見えた。腕時計で時間を確認した後、いつものように気づかないふりをして正面に顔を戻す。しかし15分、20分経っても横目で見る視線に入ってこず、心配に思った松永は顔を横に向けると、タエ子お婆さんは泣きながら、ゆっくりと歩いて来た。
「どうされました?」
「主人は……、鎧水ツグオは私を裏切ったんです。71年間も……」
「どういうことですか?」
「先ほど、郵便屋さんが封筒を届けて下さったんです。開けてみたら厚生労働省からの手紙で、新しい調査の結果、旧ソ連の捕虜死亡者名簿に、鎧水ツグオの名前が記載されていたそうです。亡くなった日付は、70年前の11月12日……」
「タエ子さん……」
松永は何も声をかけてやれず、ただタエ子の手を両手で包みこむ。
「お巡りさん、主人に会いたいです。主人の声が聞きたいです……」
松永は、いつも気丈で弱音など決して吐かないタエ子に怒られるのを覚悟で言った。
「タエ子お婆さん、亡くなられたツグオさんは幸せ者ですよ。71年間も生きて帰るのを待ち望む人がいて。タエ子お婆さん、もっともっと長生きしてください。若くして亡くなられたツグオさんの分も」
 タエ子は涙をボロボロ零し泣いている。
 タエ子に愛され続けたツグオは、きっと心が宇宙のように広かったのだろうと思った。


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