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伊崎さん

伊崎です。ファンタジーに恋愛を織りまぜた作品をよく執筆してます。姉弟、兄妹ものが好きです。よろしくお願いします。

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それは紅かった

16/08/21 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 伊崎 閲覧数:1199

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 彼女の言葉は、いつも私を絡みとるように強く縛りつけた。けれど、嫌ではなかった。寧ろ心地がよかったのだ。けれど、私は____その、泥のような甘い水から抜け出さなくてはならない。

「夏子さん、今日はどこへ行くの?」

 凛とした声が耳元で囁いた。私の名を奏でた唇は仄かに赤く濡れている。風にさらわれた彼女の長い髪を私は視界の隅で一瞥した。
 繋がれた手は、生者とは思えないほど相変わらず酷く冷たい。触れられる度に私の体も冷たくなっていく気がした。

「あなたの行きたいところ」
「なら、私____」

 ………『あなたの家に、行きたいわ』。

 その言葉に頷いて、私は絡まる彼女の手を見つめた。
 青白くて、筋の浮かぶ細い手首。流れている血も、もしかしたら青く粘ついているのだろうか。そんな気味の悪い思考を振り払うように首を横に振って、息を吐いた。

「夏子さん? 行きましょう?」
「……うん」

 そう短く答えると、彼女は瞬く間に笑顔を浮かべて、私の腕に絡みついた。そして、小さく笑う。
 ____他の何よりも美しい笑顔。それすら彼女は、平凡な人間の輪から外れてしまっているのだ。それほど、存在が化物じみている。

「……あら。そういえば私、何かを忘れて……」
「家に着いたら思い出すよ」
「そうね、忘れっぽくってごめんなさい」

 彼女は自分で言う通り、物忘れが激しい。それは少し、異常なまでに。彼女の手を引きながらそう思った。

「着いたわっ」

 嬉しそうに笑い、彼女はある家の前で立ち止まった。そして扉に手を触れる。だが、次の瞬間。

 ____その顔から、表情が消えた。

「何してるの?」
「……あっ、ごめんなさい」

 慌てて扉を引き、玄関へ足を踏み入れた彼女の背後に立って、私は静かに扉を閉める。そして____W鍵を閉めたW。

「綺麗なお家ですね、二階もあるの? 一戸建てだなんて贅沢だわ、お一人で住んでるのに」
「そう思う?」
「え____?」

 私の言葉に戸惑いを浮かべた彼女の華奢な肩を押し、リビングに押し込んだ。電気を点けていない部屋は、薄暗い。私は未だ困惑している彼女の前に立った。

「一人で住んでるんじゃない。W一人にされたWんだよ」
「ど、ういう…こと?」
「あなたが私を一人にしたの」

 目を見開いた彼女の細い首に手をかける。そして、力を込めた。潰すように、折るように。

「グッ、カハッ____夏子、さんッ」

 ギチッと肉が圧迫される音が響き、彼女は苦しそうに口を開けると、涙目で私を見上げた。けれど、先程のように表情の消えた彼女を見て、私は唇に笑みを浮かべた。
 抵抗のない体を床に押し倒すと、馬乗りになってから、手の力を緩めた。

「あなたが私の家族を殺したの!! 思い出せ!!」
「…………」
「殺してしまったことさえ、忘れているのっ…?」
「そんなわけないじゃない。他の誰でもない、あなたのご両親なのよ? 折角殺したのに、忘れちゃ意味ないわ」

 突然切り替わる口調と声の抑揚に、私は体を揺らした。
 そして、再びその首を締め上げた。壊れろ、壊れろと、唇を噛み締めながら。

「あなたが大嫌い…! 私の家族を殺した、最低な化物!! 殺す度に記憶を失う!? ふざけるな!!」

 記憶をなくした後の彼女は、穏やかだった。やがて私に思慕の眼差しを向けた彼女へ、私は同じ想いだと告げて、騙した。私に対する想いを捻り潰して、殺す為に。

「私はあなたなんて愛してない」

 渾身の力を込めて、息を乱す私を、苦しみもせず見上げると、何故か彼女は曖昧に笑って、手を伸ばしてきた。私の頬に震える手を添え、瞳からW涙を溢したW。

「なら何故、W泣いている、の?W」
「ッ!!」

 その言葉を最後に、瞬きをしなくなった彼女の瞳。力が抜け、重い音を立てて、腕が床に落ちた。
 勢いよく首から手を離すと、私は小刻みに震える指で彼女の唇に触れた。そこから伝う一筋の紅を見て、青くなかったんだと馬鹿みたいに笑った。色を失った彼女の頬に瞳から溢れた涙が落ちる。

「ねえ、こんな呆気ないの…?」

 私は私の心を裏切ってまで、何を取り戻したかったのだろう。

「____愛してたよ」

 大嫌いなんて、嘘だ。あなたが記憶を失う前から、本当はずっと好きだった。大切だった。あの妖しげな笑みも、対照的に幼げな笑みも、全てが私をあなたへ引きずり込んでいった。

「でも、ここで私も終われば____全て」

 全て、元に戻る。この化物を、世界最後の生き残りの私が殺せば、私の両親を始めとした全ての人間が生き返るのだ。____でも、こんな運命なら、いっそ両親と共に私のことも殺してくれればよかったのに。



「何故、私を殺さなかったの」





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