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クナリさん

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スウィジ・ゴースト・トラップス

16/08/20 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1560

時空モノガタリからの選評

バスタブから人間が生えてくるという情景の圧倒的なインパクトもさもさることながら、あらゆる要素が伏線となっている緻密な構成がすごいと思います。せめてもの他者への配慮さえも、冷酷に利用されてしまう皮肉な結末は衝撃的です。妖異なるものに比してあまりに無力な人間の姿には、胸をえぐられるような感じがします。

時空モノガタリK

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 随分前にリフォームしたらしいそのアパートに引っ越してきたのは、僕が大学四年の時だった。住んだ人間が何人か蒸発している事故物件で、オンボロながら格安である。
 大学院へ進むことが既に決まっており、周りに比べれば少し弛緩した日々を送る中で、その事件は起きた。
 アパートの風呂場はユニットバスになっていたのだが、あちこち傷みがあり、洗濯物を干すための心張り棒を左右の壁にかますと、わずかに壁がへこむほどだった。
 そのバスタブに、ある日湯を溜めようとしたところ、つるつるとした底に人間の額から上が生えていた。
 僕は、飛び上がって悲鳴を上げた。

 特に悪さをするわけでもないので、幽霊には数日もすると慣れてしまった。
 幽霊の頭頂部を見ながら、シャワーで入浴を済ませる日々を送るうち、僕はあることに気づいた。
 幽霊の、眉までが見えていたのだ。長くて直毛の髪型も見て取れるようになり、どうやら若い女のようだと見当までついた。
 少しずつ、……上に上がってきている。
 熱い湯をかぶりながら、鳥肌が立った。
 案の定、数日経つと、幽霊の目がバスタブの底に現れた。真っ青な顔に貼り付いた、黄色がかった双眸。さすがに気味の悪さが跳ね上がる。
 しかし幽霊の目は特にこちらを見るでもなく、むしろ下方を向いていたので、耐えられないこともなかった。

 やがて、口まで見えるようになった。
 よく見ると、唇が小さく動いている。声がするわけではないが、どうやら、「ア、イ」の形を繰り返していた。
 何か意味があるのかもしれないが、生きた人間には分かりようもない。

 更に数日後、バスタブの中を覗いて、僕は先日よりも更に大きい悲鳴を上げた。
 幽霊が、二人増えていた。
 計三人になった彼らは、いずれも口まで見えており、三人とも同じくらいの年格好に見えた。
 そして、皆同じ唇の動きをしている。ア、イ、ア、イ。これはたまらない。
 ふと、バスタブが気になった。
 この幽霊達がここに現れているということは、風呂場の下に何かあるのではないか。口の動きは、そこにある何かについて訴えているのではないか。
 僕はバスタブを外してみた。ユニットバスなので容易に取れる。すると、その下は床や基礎ではなく、ぽっかりと真っ黒な空洞が空いていた。三人 の幽霊は、その中空に浮かんでいる。足先まで見えたが、その下は暗過ぎて見えない。
 底を覗きこもうとして、僕は足を滑らせ、反射的に心張り棒を掴んだが、棒ごと落下した。したたかに打ち付けられた先は、どうやら下水道のようだった。
 目の前に、壊れた頭蓋骨が数人分ある。幽霊の元は彼らだろうか。
 しかし、何を求めているのだろう。寺で供養とやらでもすればいいのだろうか。
 その時、背後に気配を感じた。
 振り向くと、すぐ目の前に、巨大な牙が並んでいた。
 急いで後ずさると、牙の生えた口が閉じた。そこにいたのは、体長五メートル近くはあるワニだった。
 この人骨は、こいつに食われたのか。皆このアパートの失踪者なのか。
 失踪の理由は、もしかして こいつか。
 ワニが向かってくる。僕は反射的に、まだ手に握っていた心張り棒を突き出した。無意味だとは思いながら。
 すると、ワニは口の先でちょいと棒をつまみ、僕の手から軽くもぎ取ると、横の下水へプッと吹いて投げた。
 その仕草に、鳥肌が立った。おい、こいつ――
 右から、強い水音がした。新手のワニかと思い、僕はぞっとしながらそちらに目を向けた。
 しかしそれは、このワニがしっぽの先で水を叩いた音だった。そのせいで生じた僕の僅かな隙をついて、既にワニの牙は一足飛びに僕の目前に迫っており、僕はなす術なく胴体を深くくわえられた。
 激痛と、体が壊れる音の中で悟る。
 こいつには――知性がある。
 あの幽霊達が頭をバスタブから出していたなら、その下半身は下水道にいるワニから見えていただろう。
 こいつは食った人間の骨をバスタブの下に配置し、現れた幽霊を使って人間を誘っていたのだ。好奇心に負けやすい、僕のような人間を。バスタブの下の空洞にゆらゆらとゆれる、かつて食い殺した「餌」達の足を眺めながら――ちょうど、釣りをする人間が、餌をつけた釣り竿の浮きの揺れを見るのと同じように。

 ワニの喉を通過しながら、僕は薄れる意識の中で、ひとつの強い思いを抱いていた。もう、誰もこんな目に遭わせてはならないと。
 幽霊にでも何でもなって、新たにここに住む人間に警告しなくては。
 いや、でも、それをしてはまずかったような気がする。
 ……なぜだっけ。
 酸欠と激痛の中、思考能力は既にほとんど失われていた。
 しかし……これだけは。

 ワ、ニ。ワ、ニ。
 幽霊になってもちゃんと言えるよう、いまわの際に、僕は懸命に唇をそう動かしていた。


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このストーリーに関するコメント

16/08/20 デヴォン黒桃

これは冒頭からぐっと引き込まれました
僕の好みでありました
しかしながら、クナリさんの世界も香る逸品でした
あ、い、の口の動きをスル幽霊の連鎖が、永遠に終わらない気がしてゾッとしました。

16/08/21 あずみの白馬

これは見事です。
あ、い。は母音で「わ、に」になるというトリックに脱帽です。
成仏させる展開かと思っただけにだまされた、そしてものすごく怖かったです。

16/08/25 クナリ

デヴォン黒桃さん>
ありがとうございます。
元々ホラー出身なので、これが評価していただけたのは嬉しいです!
けったいなことが起きている話ですが、楽しんでいただければ幸甚です。

あずみの白馬さん>
自分のホラー話は基本的に救いがなく終わることが多いので(それはそれでどうなの)、今作もこのようなラストにッ。
あ、い、のとこはホラーの書き手としてのこだわりでして、怖さとは「謎」が生むと思っていますが、それが解けたときに最後の怖さが出せる、という構成に憧れているのでした。

16/08/27 石蕗亮

拝読しました。
知性のあるワニが幽霊を利用するとは。
動物に幽霊は怖くないのでしょうね。

16/08/27 クナリ

石蕗亮さん>
「あれなにこれ。使えるじゃん」くらいのノリで、このワニは幽霊を活用していると思われます(^^;)。
幽霊を怖いと思えるような、知性というよりは情緒まで備えたら、むしろ生物としての怖さは薄れるのかもしれませんね……人間が、怖さと脆さを兼ね備えた生物であるのと同じように……。
コメント、ありがとうございました!

16/09/08 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

下水道のワニは映画「アリゲーター」を思い出しました。こんなものが日本にいたら背筋が凍るほど怖いと思ったけど、ホラーはそこを一歩踏み出してやるのが大事だと感じました。幽霊たちの終わらない叫びが、次の犠牲者を招く……。恐ろしい話でした。

16/09/10 クナリ

冬垣ひなたさん>
とんでもないことが作中で起こってしまっていますが(^^;)、ホラーというのは意外に懐が広い分野で、こんなストーリーでもホラーとして許容されうるというありがたさに甘えていますッ。
アンハッピーエンドの後味の悪さも、ホラーだと少しやわらぐ……かな?(小声)

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