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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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裏切りの山河

16/08/17 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1226

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青々とした草原を、シジリとカオンとオナミは、バッタのように飛び跳ねながら突き進んだ。ときにカオンがふたりのまえをはしると、すぐにそのかれをシジリが追い抜き、こんどはオナミが全力でかけだしたりと、そんなことをかれらはいつまでも飽きることなくくりかえした。かれらは子供のころからの大の仲よしで、青年になったいまも、いつもこんなふうに無邪気に遊びたわむれるのだった。
「俺たちはいつもいっしょだ」
カオンがいうと、シジリも、
「当たり前だろ、なあオナミ」
「ああ、死ぬまで離れないぞ」
三人はまた先をあらそってかけだした。
森の入り口まできたとき、ふとシジリがそれでなくても大きな鼻の孔をヒクヒクとうごめかした。ほかのふたりもしきりに辺りに鼻先を向けている。
女の匂いが、ねっとりと流れてきた。かれらは、恋の季節を迎えていたのだ。わずかに女の香りが鼻をかすめただけで、これまで感じたことのないようなはげしい衝動が全身をつらぬくのを、三人ともどうすることもできずにいた。
「どこにいくんだ」
シジリに呼び止められてもカオンは、そのままそそくさと茂みのなかにまぎれていった。
するとシジリもまた、ちょっと用を思い出したといって、オナミの視界から消えてしまった。
オナミがひとり、所在なさそうにたっていると、
「オナミ」
木陰からあらわれたのは、マヤラだった。さっきから男たちを悩ましている匂いの源は、彼女だったのだ。
「ひとりなの?」
「え、う、うん」
「よかったら、しばらくいっしょにすごさない?」
「いいね」
このあいだまで、ごつごつした感じの娘だったのに、いまみるそれは、ふっくらして、無視できない艶めかしさがただよっていた。彼女もまた恋の季節にはいっていたのだ。
「ちょっとまっててくれ」
とオナミは道端から離れると、すぐにバナナの房をもってもどってきた。マヤラはよろこび、手ごろな岩場をみつけてかれとふたり、ならんでバナナを食べだした。
とつぜん、背後がざわついたとおもうと、カオンが形相もすさまじく襲いかかってきた。
「マヤラはおれのものだ。おまえなんかにとられてたまるか」
「そんなんじゃないんだ」
聞く耳もたないカオンは、勢いにまかせてオナミを突き飛ばしたうえ、馬乗りになってなおも殴りつづけた。
喚き散らすマヤラを、いきなりあらわれたシジリが引っ張っていこうとするのを、カオンがまてと押しとどめた。乱闘がはじまり、怒声と、叫喚がさかまくなかから、オナミは夢中で逃げだした。
気がついたらオナミは、高々と切り立った崖の上にやってきていた。眼下には、これまで足を踏み入れたことのない大地がひろがっている。そこから吹いてくる涼風に、ほてった顔を冷ましながらかれは、カオンの獰猛な怒りにゆがむ表情を、情欲にどす黒く染まったシジリの顔を、やりきれない気持ちで思いだしていた。これまでの友情はいったいなんだったんだ………
オナミはふたたび、穏やかな稜線につつまれたかなたの山々を、そしてどこまでもつづく広大な大地をながめた。
ふいに、あそこにいけば、何かが自分をまっているような気がした。それはあんなカオンやシジリたちのような、簡単に自分を裏切ってしまうようなものではけっしてない、なにかのはずだった。その思いは、時がたつにつれて、胸のなかで大きくふくらみはじめ、やがてあらがいがたいまでの強い力でかれをかりたてだした。
オナミは、崖の端から、断崖をみおろした。猛烈に脚がふるえ、怖気がはしった。とてもじゃないが、おりることなどできそうになかった。引き返そうとしたとき、森の方からいつも耳にしてるいろいろな声や物音が聞こえてきた。いま聞くそれはおぞましいまでに不快で、耐えがたいまでの嫌悪感をかれにもたらした。
オナミは勇気をふりしぼって、いまいちど崖のふちにたった。そしてためらいをふりきり、崖の下に足をおろした。
途中何度もたちどまり、いくどとなく危ないおもいをしながらも、なんとか地面におりたつことができた。
眼のまえに、どこまで行っても尽きそうにない大地が横たわっていた。オナミはあたりに、木一本、身を隠す茂みひとつ、みあたらないのを知って愕然となった。どっと不安がのしかかってきたが、かれのなかの好奇心を抑えるまでにはいたらなかった。
オナミは覚束ない一歩を踏み出した。ふらつき、つまづき、また転びながらも、絶対に歩みはとめなかった。しだいに足取りは目にみえてしっかりしてき、膝もしゃんと伸びて、その歩みは力と自信にみちたものに変っていった。
いまおもうと、カオンやシジリのよたよたと前屈みに歩く、その毛むくじゃらの姿が、虫唾が走るほど野蛮なものに感じられた。
俺はかれらとはちがう。
ここにきて、オナミははっきりとそのことを自覚した。そしてもう、二度と後ろはふりかえらなかった。


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このストーリーに関するコメント

16/08/18 黒谷丹鵺

拝読いたしました。
進化の瞬間、でしょうか。結びの部分に鳥肌が立ちました。
今回の御作も面白かったです。

16/08/18 W・アーム・スープレックス

黒谷丹鵺さん、コメントありがとうございました。
ご指摘のとおり、《進化》がこのテーマのベースにあります。本人にはわからなくても、その選択がはるか未来につながっていくという、広大な生命の流れ――生きてるって、ほんとに不思議ですね。

16/08/18 クナリ

個の変化、種の変化。
色々考えさせられました。

16/08/18 W・アーム・スープレックス

ミッシングリンクのおかけで、いろいろ想像が楽しめます。わからないから素晴らしいのでしょうね。

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