1. トップページ
  2. 明けない夜の中を漂う

つつい つつさん

twitter始めました。 @tutuitutusan

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

明けない夜の中を漂う

16/08/16 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:837

この作品を評価する

 十二時を過ぎ昼休みに入ると、笹岡はいつものように弁当箱を取り出す。部下の佐々木が弁当箱の中身を覗き込む。
「課長、今日も美味しそうなお弁当。毎日大変ですね、美優ちゃんの分もあるし」
 笹岡は苦笑しながらも「もう慣れたよ」と答えた。妻に二年前病気で先立たれ、それからは娘の美優の分も弁当を作るのが当たり前になった。そんな笹岡は娘想いのいい父親として評判だった。
 少し残業して、九時前に家に戻ると、まだ美優は帰っていなかった。心配になり、メールを打つと、「もうすぐ帰る」と、そっけない返信が返ってくる。イライラしながらも食事を取りテレビを見ながら待っていると、十時過ぎに美優が帰ってきた。
「もうこんな時間だぞ」
 笹岡が強い口調で諫めると、美優は目を合わせようともせず、自分の部屋に戻ろうとする。笹岡は、慌てて美優の右腕を強く掴む。
「なによっ! ちょっとカラオケ行ってただけでしょ。だいたいもう高校二年生だよ。子供扱いしないで」
「だからって、連絡くらいしろ」
「なに心配してるの? 男なんていないよ、女の子ばっかり。安心した?」
 そうやってニヤリと笑う美優の頬を笹岡は反射的に叩いていた。
 顔を強ばらせて「最低っ!」と叫ぶと美優は笹岡の腕を強引にふりほどき自分の部屋に戻っていった。笹岡は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ちびちび飲み始めた。
「おっきくなったら、パパのお嫁さんになる」
 なぜか美優の小さい頃の姿が目に浮かんだ。病弱だった妻が入退院を繰り返していたせいか、美優はかなりのお父さんっ子だった。小学校を卒業するくらいまでは「パパのお嫁さんになる」と、どこでも恥ずかしげ気もなく言うものだから会社の同僚や、近所の人達に羨ましがられたものだった。あの頃のようにどこにでもいる微笑ましい父娘に戻れたならと感傷的な気分になった笹岡は一気にビールを飲み干した。
 朝になり、ハムエッグとトーストとサラダで簡単に朝食を済ますと、のそのそと美優が起きてきた。笹岡は夕べなにもなかったかのように美優の朝食を用意する。
「夏休みどうするんだ。夏期講習とか受けないのか?」
 眠たそうに目をこすりながら美優が答える。
「いいよ、別に」
「お前、部活も何もしてないんだから、夏期講習くらい受けないと、遊んでばかりだろ」
 笹岡を無視して、冷蔵庫から牛乳を取り出す美優。
「将来どうするんだ?高校なんて、あっという間に卒業だぞ」
「将来?」
「そうだ。進学とか、就職とか。それに、結婚とかあるだろ……」
「は? このままでいいよ」
「いいわけないだろ!」
 ガタン! と冷蔵庫のドアを乱暴に閉めると、美優は笹岡をギロリと睨み、そのままリビングを出ていった。もっと話をしたかったが時間のない笹岡はそのまま会社へと急いだ。
 その日の夕食、笹岡は美優と二人食べたが会話はないままだった。口を開けばまた喧嘩になりそうで、どうしようか逡巡している間に美優はさっさと食事を食べ終わり自分の部屋に戻ってしまった。それから三日間、美優は目を合わそうとせず、笹岡はきっかけを探して話しかけようとしたが、結局ひとことも話さないまま過ぎていった。
 夜になり寝室で寝ていると、誰かがベットの中に入ってくる気配がした。目を開けると、幼い子供のように今にも泣きだしそうな顔をしている美優がいた。
「パパ、怒ってる?」
 笹岡が穏やかに首を振りながら美優の背中を優しくさすると、美優は笹岡の胸に顔をうずめ大声で泣きじゃくった。しばらくすると、目を真っ赤にした美優が顔をあげる。
「パパ、美優のこと嫌いになった?」
「なるわけないだろ」
「じゃあ、好き」
「ああ……」
「ああってなに?」
「ああ、好きだよ」
「じゃあ、もう、いじわる言っちゃダメだよ」
「いじわる?」
「将来とか、結婚とか。そんなの決まってるでしょ、私、ずっとこの家にいるんだから」
 そう言って悪戯っぽく笑うと美優はさらに身体を笹岡に押し当てた。笹岡は、美優の素肌の熱さや柔らかさや丸みを感じるままに手を這わせた。そのうち、衝動に耐え切れなくなった笹岡は美優を抱いた。いつもの夜の始まりだった。
 笹岡が時計を確認すると夜中の二時を過ぎていた。まだ興奮状態にあるのか、眠気はなかった。そのうち疲れがくるのだろう。美優が少し上体を起こすと幸せそうな顔で笹岡に囁く。
「ママ、死んじゃってよかったね」
 笹岡はそんな無邪気な美優の顔を直視していられず、寝返りを打つ。目を閉じると、美優の言葉が頭の中を駆けめぐった。もし、妻が生きていれば、ずっと普通の家族でいられたのだろうか。それとも、もっと苦しんだのだろうか。いくら考えても夜は明けなかった。
 
 この夜はいつ終わるのだろう。
 こんな夜をいつまで続けるのだろう。
 こんな夜にいつまで抗おうとするのだろう。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン