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山中さん

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ルームロンダリング

16/08/16 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 山中 閲覧数:2403

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 1LDKのマンションの一室に住み始めてから、すでに二ヶ月以上が過ぎようとしていた。都心からやや離れた閑静な住宅街の中、最寄駅まで徒歩八分と条件は悪くない。
 築四十五年とはいえリフォーム済みなので古めかしさは感じないし、近隣とのトラブルがあるわけでもないが、この部屋では数カ月ほど前に人が一人死んでいる。いわゆる事故物件と呼ばれる部屋だ。

 こうした物件は借り手が付きにくい。入居者には告知する義務があるため、不動産屋としても事実を伏せるわけにはいかないのだ。
 ただしそれは「次の入居者」までの話であって、「その次の入居者」に対しては告知義務がない。つまり三ヶ月間この部屋に住み続けることによって「次の入居者」としての役割を終え、無事ロンダリングされるというわけだ。俺はアルバイトとしてその役目を請け負っている。

 何らかの怪奇現象を期待していたわけではないが、今のところ不可解な物音ひとつ耳にしたことはないし、穏やかな日々に居心地が良いくらいだった。
 そもそも俺は幽霊や心霊現象といった類のものを信じていない。大低の人間はそういったものに不安や恐怖を抱いているみたいだが、俺からすれば生きている人間のほうがよっぽど恐ろしい。こんなバイトを引き受けたのも、面倒な人間関係に嫌気がさしたせいでもあるのだ。
 ただ現状において問題というか、気掛かりなことがひとつだけある。それは数週間おきに送られてくる手紙のことだ。
 
 差出人は菊池静子。宛名には有村茂と書かれているが、俺の名前じゃない。有村茂は数ヶ月前までここにいた住人、つまりこの部屋で孤独死したじいさんの名前だ。
 封を開けると白無地の便箋が丁寧に折りたたまれていた。他人の手紙を勝手に読むというのはさすがに気が引けるが、封筒には差出人の住所が書かれていないので、俺は連絡先となる手掛かりを探すため中身を確認しているというわけだ。
 だがその内容から手がかりが得られるようなことは、今のところない。

「拝啓 木々の緑があざやかに色付いてまいりました。暑さが厳しい季節となりましたがお変わりなくお過ごしでしょうか。こちらは皆いさかいなく元気にしております。鎌倉のハイキングでは良い運動にもなり楽しい思い出となりました。私を含め、皆自由に趣味に興じておりますので、ぜひまたセンターへ足をお運び下さい。 敬具
追伸 有村さんのカラオケをまたお聞ききしたいとチエさんが申しておりました」

 手紙の内容からわかることがふたつだけある。菊池静子は有村茂が亡くなっていることを知らない、そして彼は年配者の集うサークルに参加していたということだ。
 しかしメールやSNSが主流となった現代では、手紙というのは新鮮でどこか懐かしい。だがこうした状況においては、皮肉にも疎ましささえ憶えてしまう。どちらにしても俺にできることは何もないのだ。
 テーブルに置かれた複数の手紙を束ねてから、俺は大きなあくびと同時に肩を揉んだ。

 その後、俺は何かに取り憑かれたり呪い殺されるようなこともなく、無事三ヶ月という期間を過ごし終えたのだった。しかし何事もなかった、といえば嘘になるのかもしれない。それは後日談としてここに記しておこう。


 あの部屋を出ることとなった最終日、俺はもう一度菊池静子からの手紙を受け取っていた。やはり住所や連絡先といったものは書かれていなかったが、その手紙を読み、俺は生まれて始めて寒けというものを体感した。
 そして去り際に見上げたマンションでは、密閉された部屋のカーテンがこちらに手を振っているかのようにふわふわと揺れていた。
 できることならどちらも思い出したくない記憶だが、俺があの場所を訪れることは二度とないだろう。

「拝啓 まだまだ暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。先日はお料理教室へお越しくださりありがとうございました。久しぶりにお会いできて嬉しく思っておりました。有村さんは料理がお上手だと皆褒めておりましたよ。それから、なんでも陶芸をおやりになるとお聞きしましたので、ご迷惑でなければ次回はぜひ私どもにご教授下さい。 敬具
追伸 チエさんは陶器で骨壷を作りたいなどといって皆を笑わせておりました。それではまたお会いできる日を楽しみにしております」


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