クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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神域

16/08/15 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1132

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 高校の保健室のベッドは、中学までのそれと比べて、僕には他人行儀に思えた。
 仮病で高校二年の放課後を潰す空しさは耐え難くても、起き上がる気力が湧かない。
 ガラリと、無遠慮にドアが開いた。入ってきたのはアグリだった。
 僕らが出会ったのは中学の時だが、当時からアグリはクラスでも異彩を放っており、独特の魅力があった。色黒で痩せているのだが、奇妙な色気がある。制服のスカートも、アグリが履くとどこかエキゾチックに見えた。
「アグリ、昨夜どこにいたの。何度も電話したのに」
「例のスイマーのとこ。泊ってたから」
 アグリは、性に奔放だった。とても僕が留められるようなものじゃなかった。
「……どうだった、そいつ」
「めちゃくちゃ上手。何か凄かった。やっぱりアスリートって体が違うのね」
「悪かったな、美術部で」
 ぷいと横を向く。
「私に、裏切られたと思ってる?」
「……まさか」
「でしょ。私は、たかだか私の穴にあんたの棒が入ったくらいで、あんたと疎遠になる気ないよ。全然平気。だから、気にしないで」
 アグリは、僕が謝ることを好まない。

 アグリは、僕の唯一の女友達だった。
 中学の時、僕が担任の叶野先生に告白して、心底馬鹿にした笑顔で振られた時、アグリはそれを偶然目撃した。
 後日、アグリが前々からつきまとっていた従兄だかの大学生にこっぴどく拒絶された時は、僕が偶然それを目撃した。
 アグリは男の家の前で、胸を突き飛ばされながら、「しつこいんだよ。何度言っても家の前でぼっと突っ立ちやがって。今度来たらおじさん達に言うからな」と吐き捨てられていた。アグリはその時無表情だったが、僕は、彼女がこの上なく弱っているのを感じ取った。
 どちらの時も、僕とアグリは目が合った。それから、何となく時間ができれば一緒にいる。なぜかと言われれば、なかなか理屈では説明し難い。
 アグリには何でも話せた。先生との他愛ない思い出話を、まっすぐ僕の目を見て聞いてくれた。
 アグリの話は何でも聞いた。主に、男の話を。そして僕らは、それらをお互い以外の誰にも話さなかった。
 どんな契約よりも強固な信頼関係が、僕らにはあった。
 それなのに。

 保健室の冷たいシーツに顔をうずめる。
「あんなことするつもりじゃなかったんだ」
 彼女の信頼を裏切ったのは僕の方だった。たとえアグリが裸で横に寝ていても、何もしない自信があったのに。
 あの日、旧友からの何気ない一本の電話で、僕は叶野先生が結婚したと教えられた。
 とうに、吹っ切れているはずだった。それなのに、気づけば僕は幽霊のような足取りで街をふらついていた。その時、アグリに声をかけられた。
 ――何ふらふらしてんの。珍しいビール手に入ったから、うち来ない?
 僕は、普通の状態ではなかった。アグリの部屋で、アルコールも摂った。
 そして、温かく柔らかい、僕を決して傷つけないものが、目の前で優しく酔っていた。

「あんた、意外に上手だったよ」
「……何を」
「何て言えば一番元気づけられるかなあって考えたんだけど。どう?」
「今までで何番目?」
「そのくそしょうもない質問のせいで、最下位タイ」
 胸は痛む。でも、気を遣い合うのを、アグリは一番嫌う。
「アグリの方が、僕より強いんだろうな」
「強いとか弱いの文脈はやめて。私が絶対にあんたに勝てないものだってあるもの。あんたがいなければ、私は男女の友情なんて信じなかった。同性でのそれとは違う形で存在するんだって、今なら分かるから」

 アグリは、それからすぐに保健室を出て行った。
 構ってもらった後は、一人になりたい。僕の性質を読むことに関してあいつは完璧だった。
 アグリもまた、彼女が従兄に振られたのを目の当たりにした僕がそっとアグリに近付き、「誰にも言わない」とだけ言って通り過ぎようとした時、僕の腕をつかんで
「完璧ね、あんた」
と言った。初めてまともに口をきいたのは、その時だったと思う。僕らに友情が生まれたのも。

 例えば明日僕が事故で死んだら、家族は泣くだろうか。
 泣きはしないと思う。両親が涙を流すところを僕は見たことがないから、想像がつかないだけかもしれないが。
 でも、アグリはきっと泣く。あいつが泣くところだって見たことはないのだが、そう思う。
 そして、僕は死んでいても、きっとその声を感じ取る。

 外から部活の音が響いてくる。バットの金属音。掛け声。バスケのドリブル。
 アグリは、今夜はどんな男と会うのだろう。羨ましくも悔しくもないが、一応心配ではある。
 何事もない振りをして通り過ぎる日常は、本当はとても不安定だ。
 ただ、僕とアグリの二人を内包したさっきの保健室の中だけは、ひどく安定していた。
 天井を眺める。
 世界から、切り取られたように白かった。


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このストーリーに関するコメント

16/08/15 あずみの白馬

拝読させていただきました。
アグリさんがどこまでも自由なのとは対照的に、僕は先生にある意味縛られているような感じがしました。
裏切ったあとの二人がどうなるか、気になります。色々想像するのも楽しそうですね。

16/08/16 クナリ

あずみの白馬さん>
誰かに裏切られてもその関係を失いたくない時、裏切りをなかったことにするというのも一つの選択肢なら、「考えてみればどうってことないな」というところまで考える、というのもまた選択肢としてあると思うのです。
今回の主人公達の選択は、作中のようになりました。
取り返しのつかないことは確かに世の中に存在する。だからと言って、取り返したいと願ってはいけないということはないといいますか。
そして作中では触れていませんが、アグリもまた、男友達という稀有な存在である主人公との関係の変質に怯えていると思われます。
彼らなりの人生が、報われるものであればいいのですが(ひとごのよーに)。

16/08/18 白沢二背

 すっきりした文体で読み易いと思いました。亦続き楽しみにしてます。

16/08/20 クナリ

白沢二背さん>
ありがとうございます。
読みやすく仕上がっていれば嬉しいです!

16/09/08 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

友達の関係性を失いたくないのは、お互いに等しくそう思えるからなのでしょう。だからその均衡を崩すことは裏切りとなる切なさ。家族や恋人などそれ以上の関係になる怖さ、というのもあるのかもしれませんが、思春期の悩みがうまく切り取られていて鮮烈な印象を受けました。

16/09/10 クナリ

冬垣ひなたさん>
うじうじ悩む中高生を書くときが一番筆が乗るので、こういう風に場所や時間が限定されたときは話の運びは登場人物任せにしてしまうのですが(^^;)、頭でっかちなところや時には勢いまかせなところもこの年代ならでは……というのが書けていれば嬉しいです。
コメント、ありがとうございました!

16/09/13 クナリ

海月漂さん>
『神域』っす(^^;)。すみません。。。
若者のうだうだ感は、むしろ年をとらなくては書けない部分もあるのではないか、と思いますッ。
かたちのないものは本当に扱いが難しく、制御すればいいものでもないような気もしますし、野放しには出来ないし…悩ましいですよね。。。

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