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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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冷やしうどん

16/08/14 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1087

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盆休みを利用して、久しぶりに実家に帰ってきた。妻と、5歳になる娘をつれての帰郷だった。
しばらくみないうちに、父はめっきり老けていて、子供の頃は脅威だった頑固おやじの存在は、いまでは影をひそめていた。
母はまだ元気で、孫の福をみるなり思い余って、そんなことはしない人だったのに、みんなのみているまえで、力いっぱい抱きしめるのだった。
妻の美子は結婚まえまで接客業をしていたせいか、両親の扱いはてなれたもので、顔をあわせば嫁のあらさがしに余念のない母を、さりげなくあしらって、すくなくとも帰省中は嫁、姑の熾烈なバトルだけは回避するつもりのようだった。
三年ぶりとあって、向かいの木造だった家が三階建てマンションに変っていたり、遊び仲間の家族が住んでいた借家はきれいになくなって、時間貸しのガレージにさまがわしていたりと、この田舎町にも月日の移り変わりは容赦なく押し寄せていた。
娘の福は、私が使っていた部屋に入って、いまだに片づけられてないプラモデルや変身物のポスターをめずらしそうにながめた。
「あたしのころのパパは、どんな子供だったの」
「元気な子供だったな。しょっちゅう川や山へ友達と遊びにいって、暗くなるまであそんでいたよ」
「家の人に叱られなかったの」
「よく叱られた。なんどか、玄関の鍵をしめられたこともあった」
「あら。あたしにはいつも、はやく家に帰れといってるくせに―――」
「福は女の子だし、だいいちいまは、そのころとはまるで時代がちがう」
「これ、なあに」
福の目が、机の上の書棚にとまった。そこには当時の私の日記帳がならんでいた。なんでこんなものがいまだに置いてあるのか、母の気持ちを解しかねた私だが、福が一冊ぬきとるのをみて、あわてて口をひらいた。
「人の日記なんて、みるもんじゃないよ」
「ハパとあたしのあいだで、みずくさいこといわないで」
「だめだったら」
「さては、好きな女の子のことが書いてあるんでしょ」
それはまさに図星だったが、その好きな女の子というのが何人もいて、しかもその悉くが片思いかあるいは、失恋の記録だったのだ。
「やめろ」
福は日記帳をもって部屋のなかをかけまわり、そのあとを私が追いかけるという展開は、当然ながら下の階にあらあらしい足音をもたらした。
「あなたたち、なにやってるの」
福は二階にあがってきたママをみると、とっさに日記をうしろにかくした。
「あそんでるのよ、ねえ、パパ」
ありがたいことに福は、パパの恥多き過去の記録を、ママには内緒にしてくれた。
「お父様たちが下におられるのよ」
返事に窮している私に、福が助け船をだしてくれた。
「うどんがたべたい」
家の近所にある《門富久》という食堂のうどんは絶品だと、私はつねづね家族のものに吹聴していた。《門富久》の店主は、私が小さいころ椅子から転落して口許に傷を負ったのを、おんぶして近くの医院につれていってくれたことがあった。この人のつくるきつねうどんの味は、あまからく煮たうすあげと、コシのある麺がなんともいえず、なにかといえば出前を頼んでは、家族みんなでたべていたものだった。そのことをいつも私から聞かされていた福が、実家にかえったら是非、《門富久》のうどんをたべたいと願っていたのだ。
まだ夕食には時間があったが、ながいあいだ車に揺られて、私たちは小腹もすいていた。それならと私は、家から《門富久》に電話をして、受話器から伝わる懐かしい店主の声を耳にしながら、私と妻と娘の分のきつねうどんを注文した。もうだいぶお年を召されたろうに、まだ頑張っているのだなと、電話を切ってからも私は、人のよさそうな店主の顔をおもいだしていた。
十分後、昔と同じに、裏の勝手口から《門富久》店主が岡持ち片手にはいってきた。
「まいど、ありがとうございます」
重ねるための四角い板をのせたうどんの鉢がみっつ、私のさしだすお盆にのせられた。
代金をうけとると店主は、これもかわらない寡黙なままに、空の岡持ちをもって帰って行った。《門富久》店主の、白の上着にスボン姿は、私がおぼえている当時とまったくおなじ出で立ちだった。
三人が居間のテーブルでうどんをたべているとき、母がやってきた。
「あなたたち、なにをたべてるの」
私は唐辛子のからまるうどんをすすりながら、
「門富久からうどんをたのんだんだ。味はひとつもおちてない。美子も福も、満足してるよ」
母は、妙な目で私たちをみた。
「なにいってんの。門富久のご主人はおととしに脳溢血で亡くなられて、店はそのときから閉められてるわ」
「それ、本当かい、母さん」
「こんなこと、嘘でいえるわけないでしょ」
私たち3人は顔をみあわせた。それまで熱くて息をふきながらたべていたうどんが、その瞬間から私には、舌も凍る冷やしうどんに感じられだした。






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