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依織さん

文字に恋する20代

性別 女性
将来の夢 小説家になること
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あいつが使えるただ一つの魔法

16/08/14 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:0件 依織 閲覧数:641

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「また喧嘩だ」

 笑いを含んだ声でそう言って、実際半笑いの表情を浮かべて、あいつは俺の目の前に座った。教室の片隅。頬に貼った絆創膏に指先を突きつけて、相変わらずつまんなそうだねえ、なんて感想を述べて、またけらけらと笑う。その姿はどうにも楽しそうで、妙に腹が立った。

「うるさい」

 誰もいない窓際に目を逸らす自分が妙に安っぽく、小さく思えた。不機嫌な表情に呆れたように、あいつはふっと苦笑した。

「あたしなら、もっと人生楽しめるけどな」

 うるさい。

 もう一度言おうとした言葉は、よしっ、という掛け声とあいつのいたずらっぽい笑顔に遮られた。

「ほんとは内緒なんだけど、君にだけは見せてあげようじゃないか」

 あいつはとっておきの秘密を教える子供のように俺の耳元に唇を寄せ、かすかな声で言葉を紡ぐ。

「あたし、実は魔法が使えるの」

「お前は一体何歳だ、阿呆」

 思わず返答した瞬間、さほど大きくはない掌が俺の鼻先を強打した。信じてないな、という言葉付きで。

「いいから見てなさいよ。これは、人を必ず笑顔にしちゃう呪文なんだから!」

 そう言うとあいつはおもむろに立ち上がり、すうっと深く息を吸い込んで、大きな声で呪文とやらを唱えてみせた。

「パピプペポっっ!!」

 しん、と。

 教室中が静まり返った。いくつもの視線があいつと、向かいに座る俺に集まる。何が呪文だ、恥ずかしい。

 どこからかくすくすと微かな笑い声が上がる。それはあちらこちらに広まって大きくなって、伝わって。

「何やってんの??」

「パピプペポだって」

「変なヤツ〜」

 気がつけばシャボン玉が弾けるように、辺りは明るい空気に包まれていた。

「何でもな〜い」

 あいつはにこにことそう言ってまた俺の向かいに座る。その表情が暖かくて、不覚にも俺は声を上げて笑ってしまった。


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