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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
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海の青さとパピプぺポ

16/08/12 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:2688

時空モノガタリからの選評

人生とパピプペポというお題を、喜劇ではなく悲喜劇として捉えたところに、そらの珊瑚さんらしい視点が感じられました。大抵巧い作品には、様々な対比的な要素(悲と笑、緊張と弛緩、生と死など)が小説の中に詰まっているように感じるのですが、珊瑚さん作品はそれに加え、対比的な要素の両面を見つめること自体をテーマになっていることが多く、そこに人生を見つめる視点の鋭さを感じます。
 今回もやはり雨水先生の脚本を軸に、「喜劇」と「悲哀」というテーマが描かれていますね。「犬」はその喜劇的な表面の影に、「悲哀」をあわせ持っていること、そして「あの犬は僕」であることに「僕」が気づき、揺り動かされていく描写が丁寧です。
 これはパピプペポ川柳も同様ですね。「パットミ パンダダ パピプペポ」という発声練習は、パピプペポ川柳として、それ自体良作ですが、それに加え、一見「無意味な言葉の羅列」の中にも、やはり喜劇の中に「悲哀」を見るという雨水先生の人生観が二重に込められているのが(「僕」は否定していますけれど)、ユニークで素晴らしいです。
 作品全体を通して、二面性を見つめる視点ゆえの、心地のいい揺らぎがありますね(この柔らかさは珊瑚作品の最大の特徴だと思いますが)。特にラストの一文は、詩的で余韻が残ります。

時空モノガタリK

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 僕らの高校は小高い山の上にある。学校へ続く坂道を下りて約十分ほどで、海へ出る。僕が所属する演劇部は、土日の部活で、海までランニングをするのを日課としていた。

 足の遅い僕は、たいていビリでゴールする。入部する前に、演劇部が表向きは文化部だが、中身はほぼ運動部だと知っていれば入らなかっただろう。いや、知ったあとも、何度退部したいと思ったかしれない。
 入部したての時は、腹筋十回も出来なかった。おまけに身体も人一倍硬い。先輩から「腹から声を出せ」と云われても、その意味さえ理解できない始末。
 何より放課後、校舎の壁に向かって「アメンボ アカイナ アイウエオ」とかいう馬鹿馬鹿しい発声練習が、恥ずかしくて仕方なかった。

 僕を演劇部に引き入れた中学の同級生からの情報だと、演劇部は文化祭の花形で、舞台でスポットライトを浴びたヤツは女子からモテるのだそう。
 けれど悲しいかな、僕が1年の文化祭でもらった役は犬の役で、セリフは「ワン」だけ。それも笑うところでもないのに、観客がどっと笑った。犬の着ぐるみを着て、顔にも犬のメーキャップをしていたことで、その犬が僕だと見破った人は少なかった。
 それだけが唯一の救いだった。

 僕らの劇が成功したのかどうかはわからないが、顧問の雨水先生からは、僕の犬役を絶賛された。
 飼い主から何度虐げられても飼い主のことを好きでい続けた犬の真っ直ぐな悲哀が、「ワン」に込められていた、と。
 やけくそみたいな気分で叫んだ僕の「ワン」がそんな風に評価されたことが不思議ではあったが、悪い気分ではなかった。正直に告白すると嬉しかった。人から褒められることに慣れていない犬にとって、それは何にも代えがたいご褒美だった。
 その時、雨水先生の瞳が心なしかうるんでいたように思う。
 その顔は、普段の柔軟トレーニングで僕の硬い背中を容赦なく押しまくる悪魔的なところが微塵もなく、僕はドキッとした。
 それから雨水先生はこう付け加えた。
「犬は準主役よ」と。
 その劇は雨水先生のオリジナル脚本だった。喜劇だとばかり思っていたが、芯のところでは人間に永遠の片思いをする犬の悲劇だったのかもしれない。

 三学期になると、僕は腹筋二十回出来るようになった。そのせいか、以前より大きな声も出せるようになった気がする。もしまた犬の役が来たら、以前より巧く演じられるだろう。
 二年生になり、同じような日々が続くのだろうと思っていたが、ある日、雨水先生が学校を今年度で辞めると知った。
 雨水先生は美術の講師だった。
 だけど生徒にとって、正規だろうが非正規雇用の教師だろうが、そんなことは関係ない。演劇部の顧問は雨水先生以外考えられないと思っていた。そんな僕の熱量を、雨水先生は感じてはいなかったのだろうかと思い、ちょっと失望もした。
 先生とどこかで深くつながっていると思いは錯覚なのか。
 あの犬は僕なんだと気づいてしまった。それが可笑しく、同時に悲しくもあった。
 
 雨水先生は、とあるメジャーな劇団に五度目のチャレンジで合格したという。
「舞台女優になるという夢を諦めきれないの、ごめんね」
 部員を前にして語る先生を僕は許したし、仲間も同じ想いだっただろう。ああ、許す、許さないというのも変か。
 雨水先生の人生は雨水先生自身のものであるべきなのだ。
 ◇
 冬になると海風もそれなり冷たいのだが、ランニングをしてたどりついた砂浜では熱い頬にその冷たさが気持ちよい。相変わらず僕はビリであったが。
 そして部員は横一列に並んで、海へ向かっていつもの発声練習を始める。
 あ行からわ行まで云うと、最後はパ行のおまけがつく。これは雨水先生が赴任してきた当時に作ったものらしい。破裂音はクリアに発声するのが難しいそうだ。

「パットミ パンダダ パピプぺポ」

 その意味するところは、全然わからないし、いつかわかるとも思えない。「パッと見、パンダ」という事は実はパンダではないという事か。
 いやいや、元々意味なんか存在していない、ただの言葉の羅列という可能性のほうが高い気もする。

 パッと見、僕はただの高校二年生男子だが、中身は悲しい犬なのだ。
 もうすく先生ではなくなる人とわかっていても、ちぎれるほどしっぽを振ってしまう犬なのだ。
 パッと見、人間なので誰にもそのしっぽを見られることがない。そのことにそっと安堵する。
 人生を語るにはもちろん経験不足なんだろうけれど、もしかしたら喜劇と悲劇が同居しているのが人生なのかなと思ったりしている。
 どうでもいいことだけど、とりたてて記すべきこともない、今見ている風景を、いつか僕は思い出すだろうという予感がした。
 目の前に広がる海の青さに、刹那、吸い込まれて消えていく「パピプぺポ」の言葉と一緒に。

 


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このストーリーに関するコメント

16/08/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

たった今、この「海の青さとパピプぺポ」を読み終わった感想ですが・・・
パピプペポというテーマで、こんな美しくも切ない話を考えつく、
珊瑚さんは天才だと思った!

前から、そう思ってたけど、やっぱり天才だよ。うん。

パッと見、僕はただの高校二年生男子だが、中身は悲しい犬なのだ。
このセリフが実に素晴らしい。
「パッと見、」いいなあーこの表現が、使ってみたくなっちゃう。

思い知る 才能の差は パピプぺポ 

16/09/01 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
身に余る光栄なお言葉をいただきまして、恐縮してます。
このテーマだとコメディの方がしっくりきそうですが、
根が面白くない人間なので、今回シリアスになってしまいました。
人は見た目が9割ともいうし、それは見方としては本当なんだろうけど
知ってみたら違ってたという場合いも結構ありますよね。

16/09/05 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

高校の部活、青い海、青春真っ只中の少年、夢を持つ先生……舞台設定の一つ一つがとても輝き、そらのさんの感性の繊細さが際立っていて、犬の役から始まった少年にとって宝物になるだろう「パピプぺポ」の風景に引き込まれました。主人公の少年にはこの思いを、これからも大切に持ち続けてほしいなと思いました。

16/09/08 光石七

拝読しました。
こんな正統派のお話に「パピプペポ」がどう関わってくるのだろう、という疑問がかすめながらも、主人公の切なさに引き込まれていきました。
パピプペポをこう絡めるとは、全く予想できませんでした。
“パッと見、僕はただの高校二年生男子だが、中身は悲しい犬なのだ”、この一文、すごいですね。
素晴らしかったです!

16/09/10 たま

珊瑚さん、拝読しました♪

いいですね、このお話し。パピプペポがここまでしっとりするとは、さすが、珊瑚さんです。
雨水先生はご自分のことを、悲しい犬だと思っていたのではないかと思います。
準主役、それさえも手が届かない自分の姿を、この劇に投影していたのでしょう。
高校時代にこんな想いを体験したこの子の多感な人生を予感させますね。

16/09/12 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。

舞台の設定とした高校は実際私が通っていた高校です。
私は演劇部ではなかったのですが、あの発声練習はなぜかやけに覚えていました。
その時はわかりませんでしたが、今となっては宝物になった思い出たち。
それが青春っていう季節だったのかもしれません(遠い目)

たまさん、ありがとうございます。

雨水先生は実はどの役の子にも「キミは準主役だよ」と云ってたのではないかとひそかに思ったりしてます。
きっと忘れられない、良い思い出になるでしょうね。

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