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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

性別 男性
将来の夢 物書き
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流れ星

12/09/30 コンテスト(テーマ):【 犬 】 コメント:1件 汐月夜空 閲覧数:1899

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 家を出てすぐの交差点を右に折れ、しばらく先の左手に見える古びたタバコ屋の角を曲がり、くねくねとした山道を半時ほど車で走らせるとある牧場に出る。
 その名を星空牧場と言い、夜空を彩る星座たちを放牧しているかのように、闇夜に光る天然プラネタリウムが売りの、地元に愛されているデートスポットの一つだ。24時までは入り口にある売店でホットドリンクやソフトクリームを買えるのも魅力的。
 私の最近の日課は、閉店間際のその店で一杯のミルクココアを買い、それを夜露に湿る芝生の上で体育座りをしながら飲むことだ。
 霜月にもなると山の気温はぐっと下がり、夏から秋にかけて溢れていた色恋目当てのカップルたちの姿がふっとかき消える。代わりに芝生を陣取るのは望遠鏡や寝袋を持参する本格派の人間だ。ある程度の間隔を保って静かに空を見上げる彼らは、お互いに言葉を交わすことはなくても空を愛する心で繋がっているような気がする。
 
 ふーっ、ずず……。
 
 手に温もりを与えるやや熱めのミルクココアからは絶えず白い湯気が上がっていた。吐き出す息も白く、腰を下ろしている芝生も凍るように冷たい。身体の芯から冬が近づいているのを感じる季節だ。こんな風に空気が冷たい夜は、星が綺麗に見える。幸いにも快晴である本日はまさに絶好の天体観測日和と言えるに違いない。
 ――今日が晴れでよかった。
 改めて心の中でそう呟いて、私は持ってきた荷物から一冊の本とカンテラを取り出した。周りの方の迷惑にならないように、自分の方だけ明かりがくるようにカンテラに黒い覆いをかぶせ、本の表紙を開いた。いつもは空を眺めることだけに集中するためにこんなことはしないが、11月3日の今日だけは違う。

 この本のタイトルは『ライカ』。ロシア語で『吠えるもの』という意味だ。
 本を開いた一ページ目には、見開きで舌を出しているかわいい犬の絵が描かれている。
 内容は、1957年11月3日に夜空に光るお星様になってしまった有名な雌犬のお話。諸説ある曖昧な話ではあり、さまざまな媒体を通して情報が公開されているが、中でもこの本が私は好きだった。なぜならば曖昧な話を曖昧なままに書いてあるからだ。
 ページを捲る。彼女にはさまざまな名前があった。クドリャフカ、アルビーナ、ダムカ、リンダ、リモンチク、そしてライカ。全ては当時の混乱から生じた情報の錯綜によるものだが、これだけ名前がある犬もそうは居ないだろう。今のところ、世界で通じる名はライカであるけれど、実際に呼ばれていた名は『クドリャフカ』、ロシア語で『小さな巻き毛』であるというのが一般的であるらしい。因みに、彼女の墓石にはライカと刻まれている。
 捲る。彼女は雑種であった。高い生命力とストレス耐性を期待して、野犬から選別されたものでありその血統の由来は不明であった。シベリアンハスキーを含んでいたと言われているが、写真から見るにそうは見えない。雌であるのは、彼女が乗った宇宙船『スプートニク2号』の構造上、雄の用足しの仕方では駄目だったから。健康面及び性格面、及び狭い箱に対するストレスチェックにおいて審査を通過した彼女は真に優秀であり、飼育員達と深い絆を結んでいた。
 捲る。スプートニク2号は大気圏再突入不可の構造をしていた。また、打ち上げて10日後には中の酸素が切れることもあり、十日目の餌には安楽死用の毒が仕込まれていた。つまり、彼女は宇宙に飛び立ったが最後、実験が成功しようが失敗しようが二度と帰ることはできなかった。
 捲る。彼女は打ち上げ時に通常の三倍の脈拍数になり、また脈拍の回復に通常の三倍の時間を要した。パニックに陥っていたのかもしれない。また、ロケットからの分離がうまくいかず、断熱材も一部破損した。それにより船内は40℃を超えた。そのせいもあって、彼女は地球を四周する頃には既に事切れていたとされる。
 捲る。彼女の死体を乗せたスプートニク2号は地球を103.7分で周回した。彼女が50ノーティカルマイルの海に堕ち、星になったのは1958年4月4日のこと。彼女は死んでから2250回地球の周りを回ったことになる。
 捲る。本はこう結してある。彼女の残した成果は、同じく地球を周回し生き残った宇宙犬のベルカとストレルカ、及びその後の初の有人飛行を成功させたガガーリンへと受け継がれ、現在の宇宙開発の礎となっていることは疑いようもない事実だ。彼女の死は無駄ではなかった。
 
『彼女の死は無駄ではなかった』

 私は、浮かんだ涙はそのままに、本を閉じて、カンテラを消し、もう一度空を眺める。
 冷めてしまったココアを口にしてみると、偶然、一筋の星が空の端から端までを翔けていくのを見つけた。
 滲む私の目には、それが星になった彼女が牧場の中を勢いよく駆けていく姿のように思えた。


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このストーリーに関するコメント

12/09/30 汐月夜空

ライカ、あるいはクドリャフカの話は本当の話です。そのため、このお話は下調べは念入りに行いましたが、どこかで間違いがあるかもしれません。この物語にあるがままを信じすぎないでください。興味をもたれた方はぜひ御自分で彼女の情報を探してみることをお勧めします。
また、『ライカ』という本は恐らく実在しますが、私はその本を読んでいません。このモノガタリの情報はウィキペディアなどのいくつかの情報源を照らし合わせて要約したものです。
以上を踏まえて読んでいただければ幸いです。

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