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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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霊力増強剤

16/08/01 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:985

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いやな時代ね。
お苑は憮然として表情をゆがめた。
ここは老舗の造り酒屋だった。
お苑は、三代前の主の娘で、もちろんいまはこの世の人間ではない。店ではたらく杜氏を好きになってしまい、一人娘を裕福な同業者のところに嫁がせるつもりでいた親は、生木を割くようにふたりを別れさせたあげく、杜氏にはべつの女を嫁がせた。お苑の怒りは、男がその女とあっさりいっしょになってしまったことだった。
悲しみと恨みにうちひしがれて、お苑は湖に身をなげて死んだ。晴れない恨みは死んでからもつのるばかりで、彼女は霊となってこの酒蔵にすみついた。
お苑が幽霊となって世間の人々を恐れさせたのは昭和以前の時代にかぎられた。昭和までの人間は、まだ幽霊の存在を信じ、本気でおばけを恐がった。お苑は夜な夜な、男と女が仲睦まじくしているところに出現しては、その妖艶で、凄絶な姿に人々が戦き怖れる様をみては、嗜虐的な歓びに酔いしれた。
しかし平成も四分の一世紀がすぎようとしているいま、もはや誰一人、幽霊なるものに恐怖を示すものなどいなかった。河の端、沼のほとり、茂みのなかと、カップルが好みそうな場所をえらんで出現するお苑の、おどろおどろしい姿はいまもかわりはなかった。むしろ幽霊として年季をつみ、脅しどころもこころえて、おばけとしての円熟期にさしかかっていたといえる。話芸に客があくびでかえすのをみて愕然とする落語家のように、自分をみてもちっとも愕かなくなった人間たちに、お苑は失望した。人が怖がらない幽霊など一文の値打ちもありはしない。生きがいをなくしてお苑は、いっそ死んでやれと自暴自棄になったが、それは無理な話というものだ。
「恐怖にたいする現代人の感覚が、昔とはちがうのよ」
失意に沈むお苑をみかねて、心霊現象研究協会所属の荒木レイナが慰めた。お苑とレイナとは古くからのつきあいだった。幽霊がよくでるという噂をききつけて心霊現象研究家のレイナがこの酒蔵にやってきたのはいまから20年前で、二人は最初に顔をあわせたときから妙に意気投合してそれ以来親交をつづけていた。
「昔とちがうといっても、おなじ人間にはちがいないでしょう」
「まあこれをごらんなさいな」
レイナは、とりだしたスマホをお苑にみせた。血にまみれた顔、ずたずたに引き裂かれたボディ、とびだす内臓………おもわずお苑は顔をそむけた。画面にはそれからも、さらに残忍でおぞましい映像がつぎつぎと際限なく映し出された。
「人間たちは、毎日のようにそんな映像をたのしんでいるのよ。おかげでゾンビや凶悪な殺人鬼のムービーは大繁盛。これでもかというぐらい生々しくて、むごたらしい描写ほど好まれる。そんなのにくらべたらあなたなんか、ほんとかわいいもんよ」
「もうあたしの出番はなくなったってわけなの………」
お苑のため息が、酒蔵をとりまくいちめん麹に茶色く染まった壁に、虚ろに響きわたった。
「あたしたち研究所が開発した薬があるの」
満を持したようにレイナは、鞄から何やら液体の詰まった太い注射器をとりだした。
「霊力増強剤よ。あなたをいまよりはるかにおそろしい姿にかえる薬」
協会としても、誰もが幽霊を怖がらなくなることには危機感を抱いていた。人が恐がってなんぼの心霊現象研究協会の存在価値をとりもどすための、苦肉の策だと彼女はいった。
「だめもとで試してみようかしら」
レイナはまってましたとばかり、増強剤のつまった注射を、お苑の腕にあてがった。
薄暗い酒蔵に、レイナの悲鳴とも叫びともとれる声があがったのは、それからまもないころのことだった。幽霊はみなれているはずの彼女が、霊力増強剤でグレードアップされたお苑のあまりに恐ろしい姿に、心底怖気に襲われ逃げ回っていた。そんな彼女の身も世もないありさまに、確かな手応えを感じたお苑がさっそく、夜の町にでかけてみると、レイナ同様、少々のことでは動じなくなっていた町のみんなも、いまのお苑をみて一様に、心臓が凍りつくような恐怖にすくみあがった。生きててよかった。ついそんな軽口がとびだすぐらい、お苑は歓喜した。
一週間後の夜、お苑がいつもとおなじように夜の町に出ようとしていたやさき、ふいに誰かの声が呼び止めた。
「そこを動かないで」
「なんですか、いったい」
みれば二人の男女が、いかめしそうな形相をこちらにむけている。
「われわれは、アンチドーピング協会からきた者です」
「アンチ、ドーピング……」
「あなたには薬物使用の嫌疑がかかっています。そのためこれから抜き打ち検査をします」
「なにをするのです」
「尿検査用のオシッコを採取します。物陰なんかにはいらずに、われわれのみているまえで、どうぞ」
茫然とたちつくすお苑にむかって、相手の女性は問答無用とばかり、空の紙コップをさしだした。


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