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クナリさん

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性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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空き家の壁の佐藤さん

16/08/01 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:3件 クナリ 閲覧数:932

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 いわゆる高度経済成長期、父の仕事の都合で転校の多かった私だけど、小学六年生の時に引っ越した海の近い町での孤立ぶりは特にひどかった。
「皆に早く溶け込まないといかんよね」と様々なクラスの係を押し付けられ、「忙しそうだから邪魔せんように」という理由でクラスメイトは誰も私に話しかけなかった。けれど、家族に相談もできなかった。
 ある日、帰り道で一軒の空き家を見つけた。
 庭から中に入り込んでみると、建物はあまり傷んでいなかった。夕暮れ時の暗い廊下を突き当たりまで進んで、私は悲鳴を上げた。そこに、人影が立っていたからだ。
 人影の輪郭はおぼろで、私は幽霊と出会ってしまったのだと思った。けれどよく見ると、人影は木の壁の染みだと分かった。
 染みの顔型はどこか間抜けな造作をしており、妙に愛嬌を感じた。私は染みに『佐藤さん』と名づけ、その傍らに腰を下ろした。
 佐藤さんが私に話しかけることはない。私も佐藤さんに話しかけはしなかった。でも、久しぶりに、家族以外の人と過ごしている感覚がした。
 クラスの誰よりも、佐藤さんには人間味があった。

 それから、学校の帰りには必ず佐藤さんの所へ寄るようになった。休日は友達と遊ぶと言って出かけ、夕方まで佐藤さんの横で昼寝をしたり、本を読んだりして過ごした。
 ある日曜日、いつも通り佐藤さんの隣でうとうとしていたら、突然、床板のきしむ音がした。
 起き上がると、廊下の真ん中に、髪がぼさぼさで丸々とした体格の男の人が立っていた。
 寝起きの心臓が跳ね上がる。
 その薄墨色のシルエットがのそりと近づいてきて、私の手首を握った。
 私は絶叫してその手を振り払い、外へ飛び出した。買い物帰りの女の人が通りがかったので、私は必死で助けを求めた。
 助かった、と思った。けれど、悪者になったのは私の方だった。
 あの男の人は、体と心の成長が一致していないことで、地域の中では有名らしかった。彼は暴れたり人に迷惑をかけたりすることがなく、周囲からはとても可愛がられて暮らしていた。
 私と遊ぼうとしただけなのに、妙な騒ぎ方をされて可愛そうだ、というのが町中の見解だった。それどころか、新しくお世話になっている町の空き家に勝手に侵入して好きに過ごし、善意で近づいてきた無邪気な人間を色魔のように扱ったとして、私は希代の性悪の烙印を押された。
 その時に知ったのだけど、父や母もこの町で孤立していたらしく、それが私のせいで更に悪化したようだった。両親は「お前は悪くない」と言ってくれたけど、迷惑をかけているのは明らかで、余計にいたたまれなかった。
 学校では、「あいつはサベツをした奴だ」と指差され、私には何をしてもいいという不文律ができあがった。先生に相談しても、「分かったかい。サベツは怖いんだよ」と私を睨むだけだった。
 トイレに行っている間に教科書を破られた昼休み、私は意を決して教室中に叫んだ。
「私がどんな悪いことをしたのか、どんな差別をしたのか、教えて下さい」
 けれど、クラスの人達は私の目から視線をそらして、そろそろと笑うだけだった。
 彼らにとっては、何でもよかったし、何でもなかったのかもしれない。私への仕打ちより、彼らのそうした感覚が、私にはショックだった。

 その日の帰り道、私はあの空き家へ駆け込んだ。
 佐藤さんの壁に頬を寄せ、大声で泣いた。
 そして、佐藤さんの壁から、私の涙とは別の湿り気を顔に感じた。泣いたせいで詰まっていた鼻に、アンモニアの匂いが吸い込まれた。叫ぶ気力もなくして、私はくずおれた。
 誰の仕業かは分からない。あの男の人か、面白半分に『現場』に立ち寄った他の誰かか。
 クラスの皆も、先生も、ここを汚した人も、なぜ私にそんな仕打ちができるのか、ようやく分かった。
 皆、少しずつおかしいからだ。
 正気でいたら、辛いことが多過ぎる。生きるためには、少しくらい狂わなければならないのだ。
 でも私は、自分以外の人を傷つけてまで生きていたくはない。そして、これ以上傷つきたくもなかった。
 よく見ると、汚水のせいで染みは不定形になり、もう佐藤さんの姿はそこにはなかった。
 私も消えよう。幽霊になろう。
 誰も傷つけず、傷つけられもしない世界へ行こう。
 家の外から差し込む黄昏の光が、徐々に弱まっていく。
 その廊下の、壁ではなく只中に、佐藤さんがたたずんでいた。
 驚いて目をこすると、姿が消えた。
 そして、今度は両親と、これまでに出会ってきた友達の姿が廊下に浮かんだ。この世界でしか会えない人々。私が見たい幻。思い出と希望の幽霊。
 こんな思いをしても生きていたい。それを、認めざるを、得ないのか。
 私の涙で、床に染みができている。
 それは、佐藤さんではない。この世の中での、まだここにいる、私のかたち。


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このストーリーに関するコメント

16/08/05 こぐまじゅんこ

拝読させていただきました。
暗い感じの中でも、最後には、希望がもてるような、そんな作品ですね。
こんな思いをしても生きていたい。

生きていれば、いいこともあるから。って言ってあげたくなりますね。

16/08/08 クナリ

こぐまじゅんこさん>
主人公によってはそのまま悲劇的な最後を迎えることも多いクナリ作品ですが、今回は主人公が頑張ってくれました。
「この人生、どう考えても幸福と不幸の収支マイナスじゃね?」としか思えないこともありますが、なんとか凌いでほしいですね。
フィクションでもそうでなくても。

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