1. トップページ
  2. カンボジアからの挑戦

ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 小説プロット提供家
座右の銘

投稿済みの作品

0

カンボジアからの挑戦

16/08/01 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:656

この作品を評価する

 布団から起き上がると、テーブルの上に1万円札が1枚置いてあった。タカはその金を見て、あのババア、男の所に行ったから、しばらく家に帰って来ないなとせいせいした。
 歯と顔を洗い、いつも履いているジーンズとTシャツに着替えると、1万円札をポケットに詰め込んで家を出た。外は満月で明るい。
 いつもの公園に着くと、学ランを乱して着こなしているミツルが、ベンチに座ってタバコをふかしながら、タカに片手をあげた。
「今日も学校行かなかったのか?」タカは聞いた。
「ああ。かったり―からな」
「学校ちゃんと行けよ」
「タカだけには言われたくねえけどな」
ミツルは、ハハハと笑って言ったが、すぐに「あっ、わりい」と謝った。
「いいよ、気にすんなよ。ミツルは来月から高校生だな」
「ああ。タカも何とかすれば高校に通えるんじゃないか?」
「無理に決まってんだろう。小学校すら1度も通ったことないんだぜ」
「でも、国に言えば何とかなるんじゃないか?」
「俺は、幽霊みたいな人間なんだよ」
「幽霊? 何だよそれ?」
「俺、戸籍が無いんだ。うちのババア、俺が生まれた時、出生届けを出さなかったんだ。学校に入学するには戸籍がいるんだぜ。俺は戸籍が無かったから、小学校にすら入れずだ」
「今から戸籍入れないのか?」
「もう今さら遅いよ。戸籍に入れたところで、15歳の俺がランドセル背負って小学校に通えると思うか? 戸籍の無い人間は、この日本では幽霊と同じさ。俺は何のために生まれてきたのか分からないし、一生、砂を舐めて生きるような人間さ」
 ミツルは、何もタカに慰めの言葉をかけなかったし、タカも慰めてもらいたいとも思わなかった。ミツルは、ただ黙って地面を見ていた。
 4月に入りミツルは高校に進学した。しだいに2人は疎遠になり、唯一の友人を無くしたタカは、暇な時間と燃え上がるような体力を紛らわすため、1日中、ジーンズ姿で走りまわった。朝から夕陽が沈むまで走り続け、家に帰るとぐったりと眠りにつく。しかし翌朝に目を覚ますと、また体の内側から我慢ができない程の体力が煮えたぎってくる。だから何も考えずに走った。体を疲れさせるためだけに。
 ミツルと会わなくなって、2年が経過していた。友達もいないタカは、お決まりの格好で相変わらず走ってばかりいた。走っている時だけ、自分を幽霊と同じだと自虐する考えから忘れられる。道の前を行く人が、タカの荒く乱れた呼吸の音に気づき、振り向いて道を譲ってくれると、自分は生身の人間だと安心できた。
 夕方、ぐったりしながら家に帰りシャワーを浴びる。眠くなるまでテレビを点けるのはいつもの事だったが、この日は、リオデジャネイロオリンピックに出場する選手の特集が放送されていた。金メダルが期待されているマラソン選手のタイムは、2時間8分台。
 ――俺も走りなら負けない。
 タカは、テレビを消し布団に仰向けで寝そべる。
 ――オリンピックって、小学校も出ていない俺でも出れるのかな……。
 タカは起き上がり、固定電話から2年振りにミツルの携帯電話に電話をかけた。すぐにミツルが電話に出る。
「久し振り。タカだけど……」
『おう! タカ! 久し振りだな。元気にしてたか?』
「うん。元気にしてる」
『そっか、元気で良かった。で、何?』
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。オリンピックに出場するマラソンランナーって、小学校も出ていない人間は出場する資格もないのかな?」
『オリンピック?』
「うん」
『どうだろうな……。俺は分からないけど、走るのが早ければなれるんじゃない。でも国の代表に選ばれるには、国籍が必要だけど』
 電話を切ると、タカはじっとしていられなく、夜の街に走りに出た。

それから2ヶ月が過ぎた。18歳で初めて戸籍に入ったタカは、パスポートとチケットを手に持って空港にいた。アナウンスが流れ、もうすぐカンボジア行き飛行機の搭乗時間を知らせた。将来の事を考えると、小学校も出ていない俺が、日本人として生きていくには、あまりにもハンデが大き過ぎる。だからタカはカンボジアの国籍を取得して生きようと思った。
 外国ならどこでも良かったが、カンボジア人は小学校を出ている人間が少ないことが、この国を選ぶきっかけだった。タカはカンボジアの生活に、期待に胸を膨らませていた。
「タカ!」
 ミツルが見送りに来てくれた。
「タカ、お前の人生は今からやっと始まるんだよ」
「俺、カンボジア人のマラソンランナーとして、絶対に東京オリンピックに出場して金メダル取るから」
 無戸籍だった自分は、ずっと幽霊と同じだと思っていた。誰もが通う小学校・中学校にすら通わせてもらえなかった。そんな18歳になった俺は今、マラソンランナーと言う大きな夢を初めて抱いた。マラソンランナーに人生を賭けようと思った。

 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン