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日向 葵さん

「ひなた あおい」と申します。 小説を書きます。 よろしくどうぞ。 twitter@aoi_himata_21

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忘却の彼方に蘇るあの日

16/07/23 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 日向 葵 閲覧数:1291

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 気付くと見知らぬ場所にいた。

 薄暗い灰色の空間が果てしなく続き、奥へ行く程にそのグラデーションは濃くなる。先の見えない暗闇が永遠に続いている。そんな大海原を巨大なドームで覆ったような空間に私はポツリと立っていた。出処のわからない光源が私の足元をぼんやりと照らしている。私はこの状況に不思議と不安を感じなかった。音のしない空間に私の心音がゆっくり脈打つのが聞こえる。

ただ突っ立っているわけにもいかず、暗闇の中へと私は歩を進めた。足音は闇に吸収されて響かない。行く先もわからぬまま暫く歩くと、異質な物体が目に飛び込んできた。それは鉄でできた立方体のフレームが幾つも重なったジャングルジムであった。所々に赤黒い錆が這うように伝い、金属特有の輝きを失って、鈍い光を放ちながら仁王立ちするその様は、空虚な空間にあまりにも不釣り合いで、私の心音を掻き乱した。

「お姉ちゃん何してるの」

 背後からの唐突な問い掛けに、心臓が飛び出しそうになる。振り返ると、そこには六歳そこらの男の子が立っていた。どこかで見たようなその顔は、私と同じ高さにある。私は慌てて自分の手を見た。肉付きの良い掌にずんぐりとした指がくっ付いている。そこで初めて私は幼少の姿になっていることに気が付いた。

「お姉ちゃん遊ぼうよ」

 その声が呆けている私をこの世界に引き戻した。彼はそう言い放って鉄の骨組みへと駆けていく。フレームをくぐり、足を掛け、掴み、登る。骨と骨の間をスルスルと登るその姿は、私にはまるで枝に絡み付く蛇のように見えた。

「お姉ちゃんもおいでよ」

 そう叫ぶ彼はいつの間にか頂上へ辿りついて、不安定な足場から私に手を振っている。私も鉄のフレームに手を掛ける。ゆっくり体を引き上げ、一歩一歩慎重に登る。そんな私のロボットのようなぎこちない動きが彼には滑稽に写ったのか、上からゲラゲラという笑い声が私に降り注ぐ。

「お姉ちゃん遅いよ」

 ようやく頂上へ辿りついた私に彼はそう言った。それが無性に腹立たしくて、彼の笑顔が邪気を帯びる。気付けば私の小さな手は彼の背中を突いていた。

「あ」

 彼は小さく驚いたような声をあげて、私の視界から消えた。彼の四肢がフレームに当たる度に、快活な鈍い音が鳴る

ガン、コン、ガン、キン、カン 、ゴン…

 それに合わせて彼の肢体は不規則に向きを変え、彼は歪なダンスを踊りながら地面へと落ちていく。

左、右、右、左、一回転、右、右、…

 音が鳴り止むと、まるで何もなかったかのように、そこは再び無音の空間へと戻った。全身から体温が奪われ、体が凍り付くように冷たくなる。対して鼓動は激しく脈打ち、私の中に響き渡る。


 ふと私は目を覚ました。見慣れた自室の天井が私の激しい鼓動を沈め始める。今年もまた「この夢」を見せられた。次第に体温が戻り、頭が回り始める。毎年、この日は決まって「この夢」を見る。仏壇に置かれた弟の無邪気な笑顔が蘇る。彼はまだ私を許してはくれないのだろう。

 今日は弟の命日である。


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