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Fujikiさん

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初恋、リビドー、パピプペポ

16/07/18 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1731

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 パピプペポ――五つの両唇破裂音、腹話術師の悩みの種。口づけを求めるように唇を突き出し、頬に溜めた呼気を勢いよく出す。顔に降りかかる唾液の飛沫。熔岩のごとくたぎる罪深き股間。接吻の予感に発憤した僕は、眠れぬ夜に秘密の呪文をひとり唱える。
 パ。パトスによって理性を眩ませ、
 ピ。ピアスの光る耳たぶにかぶりつき、
 プ。ぷっくりとした膨らみの間に顔をうずめ、
 ペ。ペン先を深く突き立てれば、
 ポ。ぽたぽたと滴る愛の汁。
 パピプペポ。英語のpを発音するには日本語のパ行よりも力強く息を出さなきゃいけないと、あなたは教えてくれた。英語の順序はパピプペポではなく、pa-pe-pi-po-puであるとも。
「半端戸くん、私の後に繰り返してごらん。“Peter Piper picked a peck of pickled peppers....”」
 意地悪なパピプペポ! 早口言葉で僕の舌がもつれるのを見て喜んでいたんだね。クラス全体の嘲るような視線に晒された僕は顔が火照り、きつい臭いのする汗をかいた。僕は決して教えがいのある優等生ではないかもしれない。単語の綴りはめちゃくちゃだし、英検も不合格の連続。でもパピプペポ、いやpa-pe-pi-po-puの発音だけは誰にも負けたくない。酢漬け唐辛子の味は知らないけれど、あなたのためならピーター・パイパーに成り代わっていくらでも食べてあげる。
 パピプペポ、あなたに家庭があることは知っている。フェイスブックであなたの一家団らんの写真を見つけたから。パーラーで店員に撮ってもらったらしき一枚に写っていたのは、フルーツパフェを前にした笑顔の夫婦と、母親によく似た睫毛の長い女の子。顎の割れた彫りの深い夫の顔を見た途端、あなたに友達申請する勇気を失った。心の折れた僕にできるのはパソコンの画面に拡大表示した写真を眺めながら洋服の下のあなたの胸元を想像し、パ行のオノマトペの美しさに陶酔することだけ。ぱいぱい。ぴちゃぴちゃ。ぷりぷり。ぺろぺろ。ぽたり。
 僕の生まれた南の島では、ハヒフヘホをパピプペポと発音する。花は「パナ」、南を意味する本島の言葉「フェー」は「パイ」といった具合だ。「南波照間」の音韻変化である「パイパティローマ」とは、神々や死んだ祖先が住むとされる伝説上のパラダイス。僕が赤ん坊の頃に病気で死んだ母さんもパイパティローマにいるはずだ。母さんの記憶は、柔らかいおっぱいの感触だけ。パピプペポを口にすると、乳首に必死で吸い付いた日々が甦る気がする。パピプペポ、あなたを連れて母さんの待つパイパティローマに行きたい。決まり事ばかりの俗世を忘れ、あなたと母さんと三人で腹の底からパピプペポを叫んで幸福に暮らしたい。楽園に行くための合言葉は、パピプペポ――。
 放課後、男子トイレのドアの取っ手に引っかけた制服のネクタイで首を縛ってせっせとパピプペポを唱えていたら、見回り中の仲本に見つかった。仕事をサボって小説ばかり読んでいると評判の英語科主任教師である。
「パピプペポの発音を練習していただけです。今度クラスでp音のオーラル・テストがあるので」と、僕は弁解した。
「それは下半身丸出しで首を吊りながらやることか? 俺には何かものすごく不健全な行為にふけってるように見えたんだが」
「身の危険を感じると練習に集中できます」
「ウーン……そもそも、なんで危ない真似までしてパピプペポにこだわるんだ? テストだけが理由じゃないだろう」
 僕はパピプペポへの想いを洗いざらい打ち明けた。パピプペポに苛まれて眠れない夜のこと。パピプペポから膨らむ想像と下半身のこと。パピプペポと死んだ母さんのおっぱいの類推的関係のこと。仲本は年配の教師ではあったが、瞳にはいつも幼子のような輝きを秘めていた。彼なら大人の物差しを押し付けることなく僕の気持ちを分かってくれる気がしたのだ。
 腕組みをして話を聞いていた仲本は、神妙な顔で口を開いた。
「このことを俺が職員会議で報告したら、保護者の方とも相談した上でお前はカウンセリング付きの出席停止処分になると思う。復学後も、英語の授業は別の先生に変わるかもしれない」
「そんな事態になったら死にたくなってしまいます。パピプペポと呟きながらであれば、気持ちよく逝けるはずです」
「ははは、じゃあ黙っていてやるしかないな。その代わり俺から宿題を出そう。リビドーの虜になってる今のお前には、この本がいい。単語レベルが壮絶に高いが、読破してみろ」
 仲本が尻ポケットから猫型ロボットよろしく引っ張り出した古いペーパーバックの表紙には、サングラスをかけた少女が棒付きキャンディーを舐めている写真が載っていた。ナボコフという作家が書いたその小説との出会いが物書きを志すきっかけになるとは、この時の僕は想像すらしていなかった。


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このストーリーに関するコメント

16/09/04 光石七

拝読しました。
英語版パピプペポや島独特の音韻変化に主人公の思いがしっかり絡んでいて、思春期の男子としての衝動もリアリティがあり、仲本先生とのやりとりも味があって…… 拙い言葉しか出てこないのですが、すごい作品だと思いました。
仲本先生、いい先生ですね。理解があって、温かくて、生徒のやる気スイッチもしっかり押してくれるような。
続きがありそうな終わり方、主人公のその後を知りたいです。
中身の濃いお話でした。

16/09/04 Fujiki

光石さん、コメントありがとうございます。光石さんのコメントからはいつも個々の投稿作と丁寧に向き合っていることが伝わってきて、書き手としてすごく励みになります。今回はかなりぶっ飛んだお題だったので、パピプペポの音を使って全力で遊んでみました。仲本先生はいつか主人公として取り上げたいと思っていたので、気に入ってもらえて嬉しいです。

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