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宮下 倖さん

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私と父と母の味

16/07/17 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:1256

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 昨年、父が母になった。
 二十数年勤めた銀行を早々と退職し、病床に伏した妻を看取り、娘である私の就職に歓喜した直後のことだ。 

「美登里。父さん……母さんになってもいいかな?」
「お母さんの代わりに家事を頑張るってことなら気にしないで。私だって家のことやれるし」
「そうじゃないんだ……そうじゃなくて……」

 思い詰めたように首を横に振った父は「二十分くれ」と自室に引っ込み、出てきたときにはどこから見ても立派なオネエになっていた。

「そういうこと?」
「すまん。そういうことだ」

 四十代半ばにしてはすっきりと細身の父。ワンピースがやたら似合うなあと変に感動しながら、私は「わかった」と頷くほかなかった。

 母は父の性癖を知っていたらしい。知っていて結婚を望み、私を産んだ。もともと病弱だった母としてはそこまでで充分で、あとは父を解放するつもりだったと遺された日記に綴られていた。 

「ばかよねえ。あたしだって嫌いな子と結婚なんかしないし、こんな可愛い娘と離れるなんてできないのに」

 父は最期まで母の良き夫であり、私の父の役割を果たしてくれた。母は常々「もう自由になって」と父に言っていたらしく、日記にも、後々読むであろう私宛に「父が何を望んでも受け入れて欲しい」と書かれていた。
 懐の深い母に似たのか、ある意味大らかな父に似たのか、私の心の間口は思いのほか広かったようで、現在「本当の自分」を大いに謳歌している父とふたり、けっこう仲良く暮らしている。

 真面目で堅物の銀行員と思っていた父は、努めて男らしく振る舞おうとするあまりの姿だったようだ。今の父は明るくてよく笑う太陽のような人で、どんなときもしゃんと胸を張って微笑んでいた、向日葵のような母にどこか似ている。
 オネエ父のほうがぐっと身近になった気がするからおかしなものだ。仕事の話、恋人の話、メイクやネイルの話をお酒を飲みながら延々とすることもある。父であり母であり、姉のような親友のような存在。母はずいぶんと大きなものを遺していってくれたと思う。
 



「ねえ美登里。正直に言って欲しいんだけど……」

 ある日、朝食の席で父が眉間に皺を寄せて切り出した。私は首を傾げる仕草で先を促す。

「あたし……太った?」
「へ?」

 間抜けな声がもれた。箸を置き、胸を覆うように両手をクロスさせた父が続ける。

「昨日お客さんに言われたの! 最近ちょっと丸くなったねって。はっきり言って美登里。あたし太った?」
「いや、えーと……どうかな」

 正直たしかにぽっちゃりした。バーに勤め始めた父は前より少しだけ生活が不規則になったし、年齢的にも体型維持が難しいのは仕方ないと思う。乙女の心は繊細なので、さすがにはっきりは言えないけれど。

「お店の賄いが美味しすぎるのも悪いんだわ。あたしこれからお弁当もってく!」

 特に私の答えは必要なかったようで、父はあっさりそう結論を出した。




 翌日仕事から帰ると、これから出勤を迎える父が昨日の宣言通りお弁当を作っていた。

「あれ? そのお弁当箱……」
「憶えてる? 美登里が幼稚園の頃のよ」

 もちろん憶えている。母のお弁当が毎日楽しみで仕方なかった。三人でお弁当箱を選びに行き、迷って何件もお店を廻ったことも記憶鮮明だ。ものすごく気に入って買ってもらった大好きなお弁当箱。
 でも今は花の模様がところどころ剥げてしまっている。こんな古いお弁当箱、しかも私のお下がりでいいのかなと気にしながら、皿に残っていた出汁巻き卵をつまんで驚いた。

「すごい! これお母さんの味だ」

 思わず声を上げると、きんぴらを詰めていた父が「何言ってるの」と笑う。

「出汁巻き卵は昔からあたしが作ってたのよ? 知らなかったの?」

 知らなかった。知ってたらこんな顔していない。驚きが去ると、今度は目の奥がかっと熱くなった。
 母の死で失くしたものがたくさんあった。けれど一方で得たものもあり、変わらず残されたものもある。大好きだった出汁巻き卵の味を失わなかったことが泣きたくなるほど嬉しい。

「こんな小さいお弁当箱でいいの?」
「まあ……ダイエットだから」

 少々物足りなさそうな顔の父に思わず吹き出す。涙が笑いにとけて目尻を湿らせた。

「それに、あたしもこのお弁当箱好きだったのよねえ。和ちゃんと一緒におかず詰めてるとき幸せだったわ〜」

 母を変わらず「和ちゃん」と呼ぶ優しい声に、私は「新しいの買ってあげようか」と言いかけた言葉を、しばらく胸に収めておくことにした。




―― 了 ――


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このストーリーに関するコメント

16/07/18 あき

すみません、空白のままコメントを投稿してしまいましたm(_ _)m
改めて、読ませていただきました。
設定の奇抜さと暖かい気持ちになれるいい作品で、
面白かったです。

16/07/22 宮下 倖

【あきさま】
父と母と娘。三人家族の話を書こうと進めていったのですが、どこの角を曲がり間違えたのか、母と母と娘の話になりました。
あたたかな気もちをもってくださったのなら、とても嬉しいです。
作品を読んでくださり、コメントも残していただきありがとうございました。

16/07/31 つつい つつ

父が母になっても、昔から変わらない真面目さや優しさが伝わってきて、ぬくもりを感じました。 可愛らしい作品で良かったです。

16/09/11 宮下 倖

【つつい つつさま】
可愛らしい作品と評していただきとても嬉しいです。
父でも母でも、親と子であるならあたたかさが変わることはないのかなあ……いや、変わらないでいてほしいと思う次第です。
作品を読んでくださり、コメントも残していただきありがとうございました。

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