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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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孤高の遭遇

12/09/24 コンテスト(テーマ):【 犬 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1782

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 勝負は勝たねばならない。
 武芸者として、それは鉄則だった。敗北は、ただちに死につながった。
 田所千太郎は一人、山里の道を歩いていた。おりからの紅葉が、周囲をあざやかに彩った。しかしそのようなものは千太郎の眼中にはなかった。いつ、どこから抜き身の刀をふりかざして出現するかもしれない剣客たちの影に、すべての神経を集中させていた。昨日も彼は、武者修行者に真剣での試合をのぞまれ、その相手の一命を奪っていた。そのことに悔いはない。武芸者は生死を賭けた試合に勝ち残ることによってはじめて武名をあげることができるのだから。そのためには、つねに腕を磨いておかねばならないのはいうまでもなく、一時の油断もゆるされなかった。人がみとれる紅葉に、なんで目が移ったりするだろう。
 前方の、茂みに遮られた道から、何者かの近づいてくる気配がした。
 彼の全身すべてが、刃と化した。斬る。いまの彼の頭には、その一句のみがあるだけだった。
 茂みの向うの相手も、千太郎の殺気を逸早く察したようだった。そしてその相手からも放たれるすさまじい殺気に千太郎は、相手もまたこれまで数多の命を殺めてきた手合いだということを感知した。
 千太郎は刀の柄に手をかけた。相手の姿をとらえた瞬間、それは抜かれ、勝敗は決せられるだろう。
 彼はじりじりと前進をつづけた。ひきさがればそこに生じるであろう、つけこまれるスキを彼は恐れた。
 やがて、茂みの手前までさしかかった。彼はその茂みを避けるために、右に大きく移動した。息遣いひとつ、物音ひとつきこえない相手はそこで、じっと襲いかかる機会をねらっている―――。
 千太郎は、臍下丹田に力をこめて、茂みのそとに身をのりだした。
 低く身をかがめ、いままさにとびかからんとしていた大きな犬が、ふと動きをとめた。
 こちらは相手を人とばかりおもいこみ、犬のほうはやはり相手を自分とおなじ犬とみなしていたことを、千太郎はこのとき直観した。だからこそ、双方、相手が自分とは異なる生物だとみとめたとたん一瞬にして、殺気を雲散させたのだ。
 両者はそれからも、ながいあいだ向いあっていた。
 千太郎は、犬の全身をおおう無数の傷に注意をひかれた。これまで、数えきれないまでの闘いを繰りひろげてきた結果にできた、名誉の負傷にちがいなかった。なかにはまだ、肉が露出している場所もみとめられた。この犬が、自分より力の劣る犬を相手にするとは考えられなかった。強敵との死闘に勝ち残ることによってはじめて、辺り一帯に生息する野の犬たちの頂点にたつことが可能なのだ。
 人に飼われることを拒み、闘いによってのみおのれの生きる意味を確かめているような犬をみているうちにふと、千太郎の顔に笑みがこぼれた。
 おれとおなじことをしている………
 そのときふいに、いま、犬の見開かれた目の奥にチラと、おそらくその生涯ではじめてと思われる、柔和な光が宿るのを千太郎はみた。犬もまた千太郎を、自分と同じ境遇にあるもの同士という共通意識を抱いたのかもしれなかった。
 千太郎は、広くもない道の端を、歩きはじめた。犬のほうも、むっくりと身をおこすと、彼があけてくれた道の上に足を踏み出した。
 すれちがい、たがいに背を見せて離れだしてからも、両者はただの一度もふりかえることはなかった。
 もうあの犬とは、二度とあえぬかもしれないな。
 千太郎は、ふとそんなことを考えた。いつもの彼らしくない感慨だった。そのとき彼の心にスキがうまれた。
 そのため、背後に迫る殺気に気づくのが、一瞬おくれた。
 犬の叫び声があたりの空気を切り裂いたのはそのときだった。
 千太郎のふりむきざまに抜いた剣が、長刀を大上段にふりかざして斬りつけてきた男の胴を、横一文字に切り裂いていた。
 千太郎は直前に、伏せていた場所からとびだしてきた男が一瞬、全身をこわばらせたことに気づいた。つけこむスキがそこに生じた。それは、あのとき起こった犬の声に、反応した結果だった。犬が鳴かなかったら、まちがいなく自分は斬り殺されていただろう。おれは犬に助けられた。
 彼は息を整えると、ここまで歩いてきた道をふりかえった。
 犬はすでにどこにいったのか、その姿は周囲のどこにも見出せなかった。
 千太郎は、ふたたび前をむいた。道は、まだまだ遠くまでのびていた。
 これからもまた、数限りない相手と、生死を賭した闘いをくりひろげることだろう。敗北することは、もはやあの犬との再会を断ち切ることにほかならなかった。あの犬もこれから数多の死闘をくぐりぬけていくはず。犬もおれも、なんとしてでも生き延びるんだ。そうして犬よ、もういちどどこかで、あおうじゃないか。
 千太郎ははじめて、勝ち負けをこえた相手と遭遇した喜びを胸に抱きながら、力強い足取りで歩きだした。
 


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