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あきさん

現代小説を中心に書いています。 読んだ後に少しでもホッコリしていただけるような小説を目指しています。 よろしくお願いします。

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チキンカツ弁当

16/07/14 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:8件 あき 閲覧数:1246

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 体育館の中には夏だというのに不釣り合いなスーツの男女が机にかじり付くように試験問題に挑んでいる。
 まだ半分も解いていないのに、自分の実力は痛いほど分かった。
 初めて受けた公務員試験の出来は、絶望的だった。

 試験を終えて、行く宛てもないので予備校の休憩室でチキンカツや唐揚げが入った弁当をを食べていると、若い予備校生達の声が聞こえてきた。
「さっきの試験、余裕だったな」
 実力差は分かっているんだ。もうやめてくれ。
「うん、次の面接の対策もしないとね」
 賑やかな予備校生達がいなくなると、シンと静まりかえった部屋に俺だけが取り残された。俺も次のドアを開けたい。彼らのように次に向かって希望を持っていたい。
 でも……ダメだ。
 箸を置き、食べ残った弁当を無理矢理鞄に詰め込んだ。

 予備校を逃げるように出て、俺は駆け出す。
 日曜の午後の街は賑わっている。
 カップル、子ども連れのファミリー、みんなとても幸せそうで、目を背けた。
(……耕太、ごめんね。ばあちゃん一人で寂しいよね)
 両親が蒸発して、俺を引き取った祖母はいつも申し訳なさそうにしていた。
 俺はいつだって笑っていた。祖母がいてくれれば寂しくなんかなかった。
(……耕太は頭がいいね。ばあちゃんとは違うね)
 祖母が喜んでくれるのが嬉しくて、たくさん勉強した。
(……ごめんね、耕太。ばあちゃんの稼ぎが少ないから)
 諦めた大学。行きたい大学はあった。やってみたい仕事があった。
 でも祖母をこれ以上、経済的に苦しめることはできなかった。
 俺は精一杯笑った。
(おい、新人! 早くしろ! ったく、使えねーな!)
 でも、入社した営業の仕事は俺には合わなくて……。
(……耕太、こんな遅くまで仕事して大丈夫なん?)
 俺は笑った。
 祖母に心配を掛けたくなかったから。
(……上田、お前だけだぞ。今月のノルマ達成できていないの。後輩に抜かれて悔しくないのか?)
 俺は上司の前で笑って誤魔化した。
 悔しくて握った拳の爪が手のひらに深く突き刺さった。
(……耕太、耕太!)
 気がつくと、俺は倒れて病院に運ばれた。真っ赤に目を腫らした祖母が手を握ってくれていた。
 俺は笑った。
 大丈夫だよ……、と。
 でも、祖母は俺の手を離そうとしなかった。
 仕事を辞めて、公務員試験を受けることを告げたとき、祖母は笑った。
(……耕太なら、大丈夫。ばあちゃんなんかよりウンと頭がいいからね)
 俺は笑った。
 --きっと大丈夫だよ、と。
 街の中、幸せそうな人達。
 何が違った? 頑張って勉強して、真面目に働いて……。
 街の中、5歳くらいの男の子が右手に若い母親、左手に父親と手を繋いでいる。とても幸せそうな家族。
 本当は大嫌いだった。
 両親に捨てられて生まれた事が、理不尽なこの世界が大嫌いだった!
「あっ……!」
 注意散漫になっていた俺は通行人の男性とぶつかり無様に転んでしまった。
 肩から下げていた鞄が転がり参考書や筆記用具をぶちまける。
 ぶつかった男性は一言だけ怒鳴り、去っていった。
 俺は痛みに耐えながら参考書を拾い出す。
 俺の周りを避けて通行人が通っていく。誰も手助けなどしてくれない。中には冷ややかな目線を送り、舌打ちをする音も聞こえた。
 目頭が熱くなった。
 ダメだ。
 こんな所で大の大人が泣いてはいけない。
 早く、ここから立ち去らないと……。
「はい」
 にじんだ景色に落ちていた参考書が目の前に現れる。
 目線を上げると、先ほど幸せそうに歩いていた男の子が参考書を両手で差し出していた。
「おとしもの」
 男の子は笑った。
 俺は呆けたように黙って受け取った。
「大丈夫ですか?」
 男の子の母親と父親も一緒に参考書を拾ってくれた。
 俺は何度も頭を下げた。
 参考書を拾い終えると、男の子が見慣れない白い封筒を手渡してきた。
 封筒を受け取り、首をかしげながら封を開ける。
 そこには見慣れた文字で短い手紙が入っていた。
『頑張り屋な耕太へ。お弁当に耕太の大好きな唐揚げやチキンカツを入れました。私が出来ることはこんな事しかないけど、試験頑張ってね。祖母より』
「おにいちゃん……?」
 気がつくと、俺は便せんを濡らしていた。
 あんなに堪えていたのに、今はにじみ出る暖かい涙を止めることができない。親切が嬉しかった。祖母の気持ちが嬉しかった。
「だいじょうぶ?」
 男の子が心配そうにのぞき込んでくる。
 俺は男の子の目をまっすぐ見つめてこう言った。
「……ありがとう」
 頭を下げると、男の子は安心したように言った。
「どういたしまして」
 男の子は嬉しそうに笑った。
 なんだかとても懐かしい笑顔。
 俺もそれを見て、やっと笑うことができた。


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このストーリーに関するコメント

16/07/14 クナリ

主人公の身を切るような痛みが印象的でした。
手に入らなかったものと、その手に残ったもの、これから手にはいるかもしれないものに思いを馳せる作品でした。

16/07/14 あき

クナリさんコメントありがとうございます。
主人公の苦悩などが伝わったようで幸いです。
主人公はこれからも苦難の道が待っていると思いますが、それでも前向きに生きようとする可能性を感じていただければ嬉しい限りです。

16/07/22 宮下 倖

拝読いたしました。
読み進めていくほどに心が軋むような、切ない感情を抱きました。
これほどの痛みをかかえた主人公の未来に幸あれと願わずにはいられません。
お祖母さんの優しさも心に沁みました。素敵な作品をありがとうございました!

16/07/23 あき

宮下さんコメントありがとうございます。
『素敵な作品』という勿体ないお言葉、大変嬉しいです。
自分もこの主人公には今後幸あれと思います。
きっと公務員試験も合格しお祖母ちゃんと合格祝いしている姿や、結婚式でお祖母ちゃんにスピーチする姿を思い描いています。

16/07/31 つつい つつ

うまくいかない、つらい人生だけど、主人公の大事なものを見失わない姿に頑張れとエールをおくりたくなる作品でした。良かったです。

16/08/07 あき

つついさんコメントありがとうございます。
良かったです、のコメントとても嬉しいです。
このチキンカツ弁当が少しでも心に残って下さる作品でしたら執筆した甲斐があります。
これからもいい作品が書けるように精進いたしますので、どうぞご贔屓にお願いします。

16/08/17 光石七

拝読しました。
こちらまで身もだえしてしまうほど、主人公の痛みや苦悩が伝わってきました。報われてほしい、幸せになってほしい。主人公にエールを送りたくなります。
お祖母様の優しさがまた、じんときますね。
ラストを読んで、この後主人公は公務員試験に合格したんじゃないかと想像しました。
素敵なお話をありがとうございます!

16/09/10 あき

光石七さん、返信遅れて申し訳ありません。
主人公へのエールの気持ち、大変嬉しくコメントを読ませていただきました。
自分も主人公はこの後、公務員試験に合格して幸せな生活を送っているのだと想像しています。
あたたかいコメントありがとうございました。

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