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秋澤さん

初めまして、秋澤です 主に小説家になろうで活動するしがない物書き 短くてテーマ設定のある話を書きたかったので、参入

性別 女性
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あの人の作るお弁当

16/07/13 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:1件 秋澤 閲覧数:705

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あの人は甲斐甲斐しい。血の繋がりも何もない男と僕は住んでいる。
家を出ようとすると、後ろからドタバタと足音がした。
「なおくん!遅くなってごめんね!はい、お弁当。」
「……どうも。」
渡された弁当をほとんど空の鞄に入れ、会釈だけして玄関から出る。これから出社するらしく、グレーのスーツ。それに似合わないオレンジのエプロンをつけていた。
はじめさん。それが僕が一緒に住んでいる赤の他人の名前だった。
幼いころから父親がいなかった。しかし数年前、父親という人ができた。若く、母と似ても似つかない表情豊かな犬のような人。
「なお、話あるんだけど。」
「なに?」
「母さん再婚することにしたわ。」
「へえ。」
「まあそれなりにイイ奴だから、そこそこに付き合ってやって。」
「そう。……父さんって呼ぶつもりはないよ。」
「だろうね、知ってた。年の離れた兄貴、それか同居人だとでも思って。」
ソーダのアイスを咥えながら、母はなんでもなさそうに僕にそう報告した。
母は気まずさなど知らない人だった。僕は中学生の時にできた父を父と呼ぶ気はなかった。思えば、この三人暮らしで一番気まずさを感じ、同時に距離を縮めようとしていたのははじめさんだけだった。
お互いに不干渉。それが僕が新しい父たる人に求めたことだった。数年間それで問題なかった。一緒に暮らしてきて、あの人に余所余所しい態度をとっても母は何も言わないし、あの人も僕に何かを強制することはなかった。ただ時折距離を縮めようと試みていた。
軋轢はない。だが親しみもない。

母が死んだ。交通事故、即死だった。
現実味がなかった。キャリアウーマンだった母が帰ってこない日は少なくはなかった。そのうち、何でもないような顔をして帰ってくるんじゃないかと、思ってた。やっと現実を受け止めたのは、放心し続けていた葬儀が終わった後だった。ぽっかりと空いた胸に現実がなだれ込んでくる。これから僕はどうすれば良いのか。母はいない。唯一の親族だった。母と二人の時は、ほとんど一人暮らしと言ってもよかった。でも気づいた。
僕には他に頼りがいない。
一人で生活できても、金銭的な心配がなくても、それでも僕には頼りがいないのだ。
畳に縫い付けられたように、正座をしたまま動けなかった。
「なおくん、」
あの人の柔らかい声が降ってきた。座ったままの僕に目線を合わせしゃがみこむ。ゆるりと顔を上げると、あの人は微笑んでいた。まともに顔を見てなかったけれど、前のような人懐こい笑顔ではない。どこか草臥れたように見えた。
この人はどうするのだろうか。彼の愛した僕の母はもういない。僕とこの人は書類上親子であった。けれど僕らは他人だった。きっと元の生活に戻るのだ。母と結婚する前の生活に。
「……なに、」
「なおくんに聞きたいことがあるんだ。」
真正面から僕を見るはじめさん。こんな近くで顔を見るのは初めてで、茶色がかった目に僕が映った。
「君はもう高校生だ。君が望めば、一人で暮らすことはできる。必要な事務処理は僕がしておくから。」
ぴんと立った指。まあそうだろうな、と思いながら見ていると、もう一本指がたった。
「もしくは、これからも僕と一緒に暮らすか。」
「え、」
「もう彼女は、お母さんはいない。それでも君はまだ高校生だし。何より僕らは家族だろう?」
いきなり酸素を奪われたみたいに息苦しくなる。
「なんで、母さんはともかく、僕は、他人だ……」
「うん、なおくんがそう思ってるのは知ってた。でもそれならこれから本物の家族になろう。」
僕は、君と家族になりたいと思ってる。
あの人はそう言い、眉を下げて微笑んだ。

あの人は勤め人だ。だから僕のすることも変わらない。昔から変わらず家事は僕の仕事だ。でもあの人は必ず僕にお弁当を作る。どれだけ忙しくても朝から手作りして。購買でお昼は買えるし、自分でも作れる。それでもあの人は笑うだけでやめようとはしなかった。
弁当箱を開ける。珍しくサンドイッチが入っていた。はじめさんのお弁当では初めてだ。
一口食べて言葉を失った。
初めてなのに食べたことのある味。ずっと前、料理のできない母が遠足のお弁当にいれた卵サンドの味だった。あまり上手ではなかったけど、母さんが作ってくれたということがとにかくうれしかった。卵は雑だし、タマネギも大きい、味付けもちょっと胡椒が効きすぎてる。でも僕が喜んだら母さんも喜んだ。またお弁当を作ると言って。結局その「また」は来なかったけれど。
あの人もこれを食べたことがあったのだろうか。母から何か聞いていたのだろうか。
どうしようか。そうだ、弁当箱を洗ったらそこに手紙を入れよう。はじめさんはきっと気づく。明日もお弁当を作るから。
少しずつ、家族になれたなら。僕は弁当のふたをそっと閉じた。
「ごちそうさまでした。」


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このストーリーに関するコメント

16/07/16 クナリ

幼くして激動の人生のなか、難しい人間関係にもすねることなく、自分なりに向き合っていく主人公に交換が持てます。
悲しい運命に見舞われながらも、お母さんといい新しい父親といい、出会いに恵まれていたと言えるのかもしれません……。

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