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本宮晃樹さん

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敵意のない母

16/07/13 コンテスト(テーマ):第85回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:838

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 宇宙に敵意はあるだろうか。わたしはあると思う。
「太陽風バーストまで残り三分」ハンディ端末が終末までのカウントダウンを告げた。
 世界は完全な狂騒状態に陥っているらしい。殺人、強姦、窃盗、自殺、なんでもござれである。もっともわたしはいま地球にいないので、七分ほどのラグをともなって流れてくるニュースだけが頼りだ。が、それも聞き飽きた。どの局もアーメンしか言わなくなった。
「もうすぐですね」
 若い娘がいつの間にか、となりに立っている。この宇宙船にほかにも人がいることは知っていたが、いま社交を深めてどうするというのだろう?
「あたし、実は死にたくないって思ってるんですよ。笑えますよね」
 船は水星の周回軌道に入った。敵意をむき出しにした太陽は、毒々しく煮えたぎっている。
「でも、誰だってそう思うものじゃありません?」
「そうでしょうね」
「そうよね、そう思いますよね?」
 娘の顔が輝いた。相手にしなければよかった。
「太陽風バーストまで残り二分」
 水星軌道からはすべての生命の源である太陽系の主が、強烈な光輝を放っているのが遠望できる。彼女は今般、すべての生命を終わりに導くことにした。
「天国って信じてますか?」
「いいや」
「じゃああたしたち、どうなると思います?」
「死ぬんでしょう」
「そうじゃなくて、死後のこと」
「さてね。ぼくにはわかりません」
 幸いなことに彼女はそれっきり黙ってくれた。わたしが哲学的な話題を論ずる相手としては、不適当であるとようやく気づいたらしい。
「太陽風バーストまで残り一分」
 ニュースは世界中が静まり返り、人びとがお行儀よくしていることを驚きとともに伝えている。みんないよいよ観念したらしい。
 この宇宙船にいる人間は、わたしを含めてみんな変わり者にちがいない。太陽が敵意をみなぎらせ、木星軌道まで届くすさまじいフレアを噴出することが判明した三か月前、即座に乗船を決定した人びと。地球で残りの余命三か月をめちゃくちゃな放蕩に費やさなかった人びと。最期の瞬間を誰よりも早く体験したいと望む人びと。
「太陽風バーストまで残り三十秒」
 われわれの文明はぜんたいなにを成し遂げたのだろう? たぶんなにも成し遂げなかった。それでいいじゃないか。
「すみません」若い娘が密着してきた。「手、握ってください」
 わたしはそうした。驚くほど冷たかった。
「太陽風バーストまで残り十秒」
 端末を切った。無機質なのテンカウントで気分を害されたくなかった。
「あの、後悔してますか?」
「静かに」
 太陽から地球の何十倍にもおよぶプロミネンスが吹き上がる。太陽系一のばかでかいかんしゃく玉だ。この光景を見るがいい! これがわれわれを生み出し、そして同時に滅ぼすものの姿なのだ。
 わたしはいま、猛烈に感動している。
「見てください」空いているほうの手で窓外を指差す。「なんて美しいんだ」
 若い娘はわたしの手を強く握った。


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