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つつい つつさん

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DANCEと夜風よ、さようなら

16/07/10 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:1115

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 オフィス内の冷房の温度は暑がりの部長に合わせて一八度となっている。花澤紗英はシャツの上にカーディガンを羽織っても尚、少し肌寒かった。ただこの冷たさが午後三時の眠気を奪ってくれることは有り難かった。伝票を入力していた手を止めると、斜め向かいで同じくパソコンに向かい合っている先輩の村田月子の様子を伺う。
 黒い長めの髪を後ろに束ね、銀色のシンプルな髪留めで髪をとめ、黒縁メガネで画面とにらめっこしている月子は今日も地味だった。ドラマやマンガの様に髪をほどきメガネを外すと実は美人だったみたいなこともなく、髪をほどこうが、メガネを外そうが、制服から私服に着替えようがしっとりといつも地味な月子のことが紗英には憧れだった。紗英も誰がどう見ても地味だったが、月子みたいにしっとりとはいかなかった。どうしても暗さや、うじうじとした感情が体にまとわりついてきて相手に伝わってしまうのだ。だけど、月子は違った。さらっとしているのだ。別にとりたてて明るいわけでもない。笑顔がとびきり素敵なわけでもない。いつもいつのまにか出社し、いつのまにか帰っている。周りに気づかれない程の地味な存在だ。まだ陰気でジメジメ出社する自分のほうが存在感はあると紗英は思っていた。だからこそ地味なのにネガティブでもなく、ポジティブでもなく、ただナチュナルに生きている月子が羨ましかった。
「おつかれさまです」
 営業の吉田が外回りから戻ってきた。社内一のイケメンの吉田は今日も爽やかに軽やかに登場し、営業先で貰ったというお菓子を配り歩いている。
「はい、かわいい紗英ちゃんに」
 紗英は吉田にかわいいと言われ呆れるくらい緊張してしまい、俯いたまま頭を必死に横に振った。紗英はそんな自分が嫌いだった。かわいいなんてただの社交辞令なんだし、周りだって当然そう思っている。だから、必死に否定する必要ないのに、つい反応してしまう自分が恨めしかった。反省しながらも月子のほうを見ると、月子は吉田に「月子レディ、今日も麗しいですね」なんて言われても、少しはにかむ程度でいなしていた。否定も肯定もしない。かといって「もう、吉田さん」なんて言いながら他の女性社員みたいに吉田と距離を詰めようともせず、はにかむだけ。なぜそんなナチュラルに振る舞えるのか不思議だった。
 地味な人間程コンプレックスが強い。これは学生時代から一貫して地味なグループに所属し続けた紗英の学んだ真理であった。どんなに必死で隠そうとしても地味な人間は自分のコンプレックスに過剰に反応してしまう。紗英や紗英の周りはこの虚しいループにはまりこんでいる人間ばかりだった。だけど、月子がなにかに過剰に反応しているのを見たことがなかった。そもそもコンプレックスがないのか、それとも誰にもバレないように隠す術を心得ているのか、そこを知りたかった。でも、こんなに月子のことが気になる紗英だったが、プライベートで食事したなんてことは一度もなかった。二、三度月子に「飲みにでも行く」なんて誘われたことあったけど、心のどこかで地味なもの同士慰めあっても仕方ないみたいな気持ちがあって、やんわりと断っていた。社会人になってからは、ひとりでいるほうが気楽になっていた。
 休日の夜、紗英は映画館に行った。それは期待以上の内容で、紗英はすごく満足していた。なんなら、このままBARでカクテルでも飲みたいわって気分だったが、さすがに一人でBARなんて行く度胸もない紗英はおとなしくコンビニで缶チューハイでも買おうかと考えながら駅前通りを歩いた。
「あれっ、紗英ちゃん?」
 声を掛けられ、びくっとして振り向くとそこに立っていたのはカジュアルで上品な印象を与えるスーツを着こなした月子だった。
「なにしてるの?」
 月子にいつものようにさりげなく聞かれたので、紗英は映画に行ってきたことを伝えた。
「映画もいいね。今度私も誘って」
「はい、ところで、月子さんはどこに行ってたんですか?」

「ちょっと、踊りにね」

 紗英は口をあんぐり開け、見事なまでにポカンとした。全く回転しない頭を強引に働かせ出てきた答えはどうしようもないものだった。
「えっと、む、村祭り?」
「……なになに、盆踊り? 違うよ、クラブ。クラブに行ってきたの」と、月子がケラケラと笑いながら紗英の肩をバンバンたたく。
「クラブって、怖くないですか?」
「え? 危険なことなんてないよ。自由に楽しんだらいいの。そして、踊り疲れたら音楽とフロアにさよならを告げればいいだけのことよ」
 海外のセレブか一昔前の女優が言いそうなセリフを当たり前のように言う月子はやっぱりいつも通り地味で、そして、しっとりしていた。そのまま颯爽と、かつ、目立たず人波に消えていく月子に見とれながら紗英は、月子にクラブに連れて行って貰う自分を想像してクスっと笑った。


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