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デヴォン黒桃さん

「黒桃将太郎」名義でKindle作家として活動。「デヴォン黒桃」名義で猫面師としてアート活動も。人間ドラマや人の感情に興味があり、書きたい物をジャンル問わず書いております。「黒桃短篇集」発売中昭和浪漫のスコシばかり怪異なお話、アナタの脳髄へソット、注入サせて頂きます。 心の臓のヨワい御方は、お引き返し下さい。 精神に異常をキタしても、責任が取れませぬ故。http://amzn.to/2jPBe4m

性別 男性
将来の夢 りっぱなおとな
座右の銘 悔しいけど感じちゃう

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巻頭歌に踊らされ

16/07/10 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:9件 デヴォン黒桃 閲覧数:2791

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 〜巻頭歌

 胎児よ

 胎児よ

 何故躍る

 母親の心がわかって

 おそろしいのか



「はあ、成る程、三大奇書と云われる中の一つ、夢野久作先生のドグラマグラで御座いますな。巻頭歌」

 男は、カフェで見かけた女に、下心タップリで声を掛けた所、コレを知ってるか? と問われたのだった。

「ネエ、アレって、赤ちゃんが踊ってるってコトでしょ? 母親の羊水の中でダンス……」


 ヤケに細い煙草を吸いながら、煙たそうに珈琲に砂糖をコレデモかと入れて掻き混ぜる。目は斜視気味で、男と視線が合っているのか良く分からぬ。
 ソンナ意味の分からぬ質問やらの、ソレを差っ引いても、緩いパーマのかかった、肩までの茶色の髪。銀縁の眼鏡に爪楊枝みたいな細い眉。
 薄紫色のシャドウを塗られた瞼に、シットリと意味ありげに見つめてくる瞳の奥。何とも云えぬ雰囲気を持った美人であったので、男はドウニカ物にしたいと粘った。

「俺は、アレを読むと精神に異常をきたすと聞いてから、読もうと思わん。シカシ、ページを開いた事くらいはあるので、最初の方だけ知っている」
「そう、アレ、読み進めると、ダンダン意味が分からなくなってくる気がするの。読んでも読んでも同じ事を云われてる様な、ネ、難解だわ……」

 女は一気に珈琲を飲み干した。
 空に成ったカップの底には、溶け残った砂糖が山に成っている。薄い唇には赤く引かれた口紅。チラリと覗く舌が、まるで誘っているみたいだった。
 ソレから続けて、ティースプーンを片手に語り始めた。

「でね、気がつくとアノ、ドグラマグラの上巻だけ、三冊も持ってたの。ソノ癖に下巻はマッタク読んだ事が無いの。でも下巻も二冊持っているのよ」

「ハハハ、精神に異常をきたすって云うのは本当ラシイな」
 冗談かと思って笑った男を、女はジッと真顔の侭見ていた。

「アナタも私を、気狂いだと思うの?」
  急に真剣な表情と口調。斜視気味の瞳が男を睨んだ。シンと静まる二人の間に、カフェのBGMダケが流れていた。

 ソノ刹那、何処からともなく赤ん坊の声がしてきた。

 ――ギャア、オギャア、ンギャア

 ドウも店内から聞こえてくるみたいだが、周りに赤ん坊は居ない。
「ネエ、答えてよ、私を気狂いと思うの? 精神に異常をきたした女だと思うの? ネエ、答えてよ」

 ドンと、テーブルを叩いて、ヒステリックに叫び出した女をなだめて、落ち着かせる。

「アイツも、あの男も、私を気狂いだと、頭がオカシイと突き放したわ。コンナ身重の女を放り出して、産まれてくる赤ん坊とドウやって生きて行けというの?」

 女は又、叫びだした。シカシお腹を見ても膨れて居らず、イヨイヨ頭のオカシイ女に声を掛けたと、後悔しかけていた。

 ソコに又、赤ん坊の声が聞こえる。

 ――ギャア、オギャア、ンギャア

「ネ、最初の話の事ナンだけど……胎児って、ホントに母親の心がわかって踊ると思う?」

 男はヤット、赤ん坊の声が近くからだと言う事に気づいた。

「ホラ、バッグの中で踊ってるデショ? サッキまで胎児だった……産まれたての赤ん坊の声、聞こえる? このカフェのトイレで一人で産んだバッカリなの」

 そう云い、お腹を撫でながら、女がテーブルに乗せたバッグ。モゾモゾと動いている。
 男は、自分の下心に後悔しながらも、その場を動けないで居た。

「見て呉れる? 赤ん坊……」
 バッグのチャックがジジジと開かれる……次第に大きくなっていく鳴き声。

「ヤメロ、見たくない! 本当に精神に異常をきたしたのか……」

 嫌がる男を楽しむように、女は焦らしながら開いていく……

「見て上げて、私という母親の心がわかって、踊っている赤ん坊を……」
 
 そしてジジジと開ききった。

 ――ギャア、オギャア、ンニャア、ニャア、ニャア


「ホラ、可愛いデショ、ウフフ」

 バッグの中には子猫が数匹、並んで鳴いていた。

「ナンダ……子猫の声を赤ん坊の声と聞き違えたのか……」
 男はコップの水を飲み干して、胸を抑えていた。

「ウフフ、本当に精神に異常をきたす訳、ないじゃない」
 
 女はひとしりきり笑って、珈琲を追加注文した。






引用:夢野久作(1935)『ドグラ・マグラ』 松柏館書店


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このストーリーに関するコメント

16/07/13 てんとう虫

ドグラ·マグラからめた話なんですね。私も好きなので赤ちゃんどう踊るのか興味わきました。猫おちでほっとした^^

16/07/15 デヴォン黒桃

てんとう虫様
コメントありがとうございます
途中で胎児ではグロすぎると、猫に急ハンドルを切った結果こうなりました。
しかし、猫をバッグに入れているというのは、精神に異常をきたしているのでしょうか……

篠川晶様
コメントありがとうございます
ドグラ・マグラの巻頭歌が浮かんだのでなんとか書きました
カタカナはわざとですが、誤字はミスと思います。自分では気づけなかったです。
不気味さが伝わり嬉しいです。

16/08/17 待井小雨

拝読致しました。
作品全体に漂う怪しさ、不気味さに引き込まれるようでした。
彼女のバッグの中に入っているのは一体何か、ゾクゾクする思いで読みました。
最後は猫が入っているというオチでしたが、「そう見えている」だけで本当はやはり、胎児なのでは、と勝手に想像してしまいました。
ここに登場する女の精神も男の精神も、そして読んでいる側の感覚までもが歪んでいくような独特の読み心地でした。

16/08/17 デヴォン黒桃

待井小雨様
其のように褒められると嬉しいです。
本当に入っているのは何か。まで考えて頂いて書いた甲斐がありました。

16/08/26 海神

拝読致しました。
砂糖の表現が女の異常性を醸し出していたようで上手かったです。
そのまま気狂ったオチかと思いきや猫とは良い意味で期待を裏切られ心地良い終わりでした。

受賞なるよう願っております。

16/08/26 夜降雪都

拝読致しました。
シーン移りの速度感がリアルにゆっくり流れていくようで満ち過剰していく狂気が目に見えるようでした。

16/08/27 石蕗亮

拝読しました。
きっと女はネコを鳴かせるためにテーブルを叩いたんでしょうね。
その刺激でネコは出して欲しくて鳴きだした。
女の計算尽くしが見事すぎてやはり狂気を感じずにはいられない作品でした。

16/08/27 デヴォン黒桃

海神様
砂糖の異常に目をやって頂いて嬉しいです。実話なのです……砂糖のくだり……
当初、気狂ったオチだったのですが、時空モノガタリ向けにと少しハンドルを切りました。

夜降雪都様
速度感を感じて頂けたとは、書いて良かった! 
日常に溶け込んだ狂気が牙をむくとこういう感じなのかなと……
コメントありがとうございます!

石蕗亮様
自分で思ってない解釈をされて、なるほど! と楽しく思っております。
言われてみれば猫を泣かせるため……となるなと。
狂気を感じて世界観を感じて頂けたとは嬉しい限りでございます!

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