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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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そして空気を震わせることのない絶叫

16/07/09 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1650

時空モノガタリからの選評

ダンスと切り離せない音楽(というか無音)に焦点を当てているところ、まずコンテスト的にうまいなあと思いますし、小説としても、より登場人物の感情が際立たせる効果が出ているのでは、と思います。そしてやはりラストシーンが、強烈でした。全てが終わろうとする刹那、悲劇的な音が満ちる状況の中で頭に満ちる音……。彼女と鍵盤の上で踊る人形達の儚さが読みながらリンクし、胸がえぐられるような気持ちになりました。

時空モノガタリK

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 幼い頃から、世の中には聞きたくないことの方が多かった。
 小学生の時には、クラスの男子が私の外見上の劣等性を揶揄する声が、当たり前に教室に響いた。
 中学に上がると、私を社会的弱者として擁護する気遣いや、降って湧いたような同情を押しつける言葉が私の耳に流れ込んできた。
 そのため、私は中二の夏頃に、ある特技を身につけた。こめかみを指で三回叩くと、周囲からの音をシャットアウトして、無音の世界に入ることができる。
 授業中以外は、この無音モードに入るのが日課になった。
 今は中二の三学期。以前は私に構ってきた何人かのクラスメイトも、無音モードの私に完全無視を決め込まれていると思い込んで、今では皆離れていった。
  私が聞きたいと思える音は、私に優しくしてくれる三つ年上の姉と、近所に住んでいる姉と同い年の男性、タマキさんの声だけだった。

 タマキさんはピアノが趣味だった。
 古典の曲をアップテンポにアレンジするのが好きな人で、その度に私はついリズムに合わせて体を揺らしてしまった。
 私達三人は子供の頃から仲がよく、特に私は小学校の頃から、よくタマキさんと裏山の探検などに出かけた。
 姉は女の子らしい性格で、山になど入れないと言って毎回家に残っていた。でも、お陰で探検の時だけは、私はタマキさんと二人きりになれたので、無理に姉を誘いはしなかった。
 裏山は不法投棄物が多く、沢山のガラクタが転がっていた。私が小六の時、タマキさんがガラクタの中にキーボードを見つけた。黒鍵がいくつか取れ、白鍵はあちこち欠けていたそれを、タマキさんは家に持って帰った。
 数日後にタマキさんに呼ばれて家に行ってみると、あのキーボードが綺麗に磨かれて、タマキさんの部屋に置かれていた。しかも、いくつかの鍵盤に針金がテープで貼り付けられ、その一本一本の先にマッチ箱くらいの小さな人形(ティッシュと厚紙製)が一体ずつくくられている。
「見てて」
 タマキさんが鍵盤を叩くと、壊れているせいでやや調子外れの音と共に、紙相撲の要領で、針金でつながれた人形達が振動で踊り始めた。
「さすがに本物のピアノじゃ、こんな遊びできないから。ちょっと音が様にならないけど」
 タマキさんがそう言って笑う。
 私は、こめかみを三度叩いた。ピアノの狂った音が聞こえなくなり、タマキさんの運指だけが見える。
 既に、目を閉じても、タマキさんの指が生み出す音は頭の中で再生できるくらい、私の耳に彼の音楽は刻み込まれていた。
 軽やかに跳ねる指からイメージする音を、頭の中で再生する。その音に合わせて、人形達がダンスする。
 いつか、新品のキーボードと、もっときれいな人形をプレゼントしてみたいと思った。私だけが知っているこのダンスホールを、もっと素敵なものにしたかった。
 小学生の私には処理しきれない感情が、胸の中に渦巻いた。

 その想いは、今でも続いていた。
 だから、中学の終業式を終えて家に帰った私に、姉がタマキさんと交際していることを告げてき た時、一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 大人しい姉。私と遊ぶことの方が多かったタマキさん。女の子らしい姉。男の子達からも人気のある姉。男の子のタマキさん。
 頭の中をそんな言葉がぐるぐると回り、吐きそうになった。
 気がついた時には、私は外に飛び出していた。
 いつから。どうして。私だけが知らずに。
 頭の中が混乱で満ちた。
 追ってきた姉が私を呼ぶ声が聞こえる。
 今、姉の声だけは聞きたくなかった。こめかみを叩き、この世から音を消す。
 直情的に駆けていた自分がいるのが、車道の真ん中だと気づいたのは、振り向いた視界を巨大なトラックが埋め尽くした時だった。
 なす術なく、私ははね飛ばされて宙を舞った。鳴っていたであろうホーンも、衝突音も、何もないまま。
 自分の体が、致命的な損傷を負ったことは、はっきりと分かった。
 空中を舞う私の目に、道端で叫ぶ姉が見えた。
 姉が嫌いになったわけではないし、さすがに音のない世界で死ぬのは寂しい。私は、地面に向かって落下しながら、せめて音を元に戻そうとした。
 けれど、既に私の両手は、私の意志通りに動かせる状態ではなかった。
 泣き叫びたかった。実際、絶叫していたと思う。聞こえないけれど。
 なら、この世の最後に、何をしよう。
 私は、目を閉じた。
 鍵盤で弾かれるままに踊る、あの人形達が暗闇に浮かんだ。
 何度も繰り返し聞いてきた、愛しい音を頭の中で演奏する。
 エイトビートの『月光』。
 ジャジーな『ラ・カンパネラ』。
 色々――……色々。
 もうすぐ、音の走馬燈が巡る中、黒くて固いアスファルトが、私の頭蓋骨を打ち砕くだろう。
 できることなら、このまま時を止めてずっと、この光のような音楽を聞いていたい。


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このストーリーに関するコメント

16/07/15 クナリ

篠川晶さん>
実は元々、ハッピーエンドって苦手なので、大抵こんな感じになっていく話ばかり書いてしまうのです……。
絶命するところまで描くかどうかで悩みましたが、最終的にはその一歩手前で終了としました。
音というものを文字メディアのなかでどう扱い活かすか、というのは自分のなかでなかなか大きなテーマだったりします。

16/07/22 こぐまじゅんこ

拝読しました。

はじめまして。クナリさんの作品は、いつも読ませてもらっています。
テーマによって、よくこれだけいろいろな作品が書けるなぁ・・・、と感動しています。
ちょっと影があるようで、それでも、読後感は悪くなくて・・・。

これからも、楽しみに読ませていただきます。

16/07/22 宮下 倖

拝読いたしました。
「せつない」だけでは足りないくらいのラストでした。
きっと誰も悪くないのに……と思うと胸が軋むような思いがしました。
妙味ある構成に感嘆し、「音の走馬燈」という表現はうつくしく儚いなあと感服しきりです。
読み応えのある作品をありがとうございました。

16/07/22 クナリ

こぐまじゅんこさん>
そ、そういえばはじめましてでございましたかッ――コメント、ありがとうございます!
暗かったり陰鬱だったりしつつ、救いがあるんだかないんだかよく分からないわが作風ではありますが、ただ陰惨なだけではない精神というものがすこしでも表せたらいいなと思っております。
テーマに対して色々アプローチしているのは、単に落ち着きがなくて移り気なだけのような気がしますが(^^;)、楽しんでいただけるものが書けていれば嬉しいです!

宮下 倖さん>
なんかもう救いのない話で申し訳ないのですが、たぶんこういうのがもともとの自分の作風なんだろうなあ……と思います。
音の走馬灯、よく評価されているようですね。視覚的なものに対して、音についても同じような人生のフラッシュバックがあるのではないかと思って入れた表現ですが、ちゃんと機能していれば何よりです。
こちらこそ、コメントありがとうございました!

16/08/06 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

タマキさんの作った世界が自分の物だと錯覚した「私」に罪はない、けれどもどうして、こうも現実は非情なのでしょうか。クナリさんの作品全般に言えることですが、主人公の心に寄った綿密な描写にはいつも感嘆させられます。今回は音を描くという切り口で、いつも新しい事にチャレンジされていて凄いなと感じました。

16/08/08 クナリ

冬垣ひなたさん>
自分が主人公に抜擢する人たちはどうも悲観的というか己の殻に閉じ籠るタイプが多いのですが、外には見えないところで歯を食い縛っている姿も、これからも描きたいテーマのひとつだったりします。
新しいことがやりたいのは、単に節操がないからかも(^^;)。

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