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Fujikiさん

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他人の肌

16/07/04 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:927

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 軽い夕食の後、マックスは立ち上がって博貴の手を取った。
「ほら立って。踊ろう」
 マックスが住むこの部屋は、夏季出張中の留守番と猫の世話を彼に任せた大学教員のものである。床の上に乱雑に積まれた研究書の間から黒猫が博貴の顔をじっと見ている。部屋のステレオからはゆっくりとしたブルースが小さな音量で流れている。差し出された華奢な手首には包帯が巻かれていた。博貴は反射的に手を引っ込め、首を横に振った。
「ごめん。踊り方とか知らないし」
「踊り方なんて関係ない。音楽に合わせて体を動かせばいいだけ」
 マックスはリズミカルに腰を振りながら博貴の肩に手を置いた。博貴はその手をすぐさま振り払い、視線を落とした。
「……無理」
 固辞する博貴を見たマックスは、肩をすくめて台所に食後のコーヒーを準備しに行った。
 博貴は子どもの頃から他人に体を触られるのが苦手だった。親戚のおばさんに頭を撫でられただけで全身がこわばり、鳥肌が立った。いつしか物理的にも心理的にも距離を置いて人と接するのが癖になった。周囲の人間は博貴をお高くとまった冷淡な人間と判断し、干渉せずにいてくれた。
 大学院に入ってから知り合った香港人のマックスは、友人と呼べる初めての相手なのかもしれない。芸大の修士課程に籍を置いているものの、既に個展を開いた経験もあるアーティストである。那覇市内のアートスペースで開かれたグループ展のオープニングに招かれたことがあるが、伝統染織の研究を専門とする博貴にはインスタレーションの中で前衛的なダンスを演じる彼のパフォーマンスはよく理解できなかった。
 パフォーマンスの後のレセプションにはマックスの知人や友人らしき人物が大勢集まっていた。島に来て半年も経たないのに、おそるべき社交力である。博貴がこういう場での常として壁の花に徹していると、彼が歩み寄ってきて人懐っこい笑みを見せた。他人の心の動きに敏感そうな、あどけなさと老獪さを併せ持った笑顔だった。一緒に映画に行ったり、マックスが腕前を自慢する手料理を二人で食べたりするようになったのは、この日以降のことである。
「さっきは、ごめん」
 両手にアイスコーヒーのグラスを持ってきたマックスに博貴は言った。
「急に肌と肌が触れ合うと、つい身構えてしまって」
「別にいいけど。でも、それだといろいろ困るでしょう?」
 腰かけた斜向かいのスツールから身を乗り出し、マックスは興味津々な様子である。澄んだ大きな瞳が輝いている。
「握手はどうしてるの?」
「なるべくお辞儀で済ませるようにする」
「満員電車は?」
「電車ないし。モノレールも乗らない」
「満員のエレベータは?」
「階段を使う」
「じゃあ、セックスは?」
「したことない。心も体もオープンにできるような恋人には、まだ一度もめぐりあってないから」
「セックスするのにそんな風に深く考える必要ない。社交辞令みたいなものさ。お互いにいい気持ちになれれば、それでいい。俺は吉村先生とも一回寝たよ」と、マックスは部屋の持ち主である男性教員の名前を挙げた。
 シャコージレイ――聞き慣れているはずの四字熟語も、外国語訛りの残るマックスが口にすると奇妙な音に響いた。
「そういう割り切り方、僕にはできない」
「どうして?」
「何て言うのかな。布地が空気や水を通すみたいに、肌ってその人の気持ちを直接通してしまうような感じがするんだ。僕はそういう他人の感情をどう受け止めていいのか分からない。いちいち振り回されて傷ついたり、傷つけ合ったりするのが怖い」
 博貴の目線が手首の傷に向けられていることに気づいたのか、マックスは顔を赤らめて両手をテーブルの下に隠した。黙り込んだ彼は目が泳ぎ、微かに震えている。博貴は無言で立ち上がり、ぎこちなく両腕でマックスの肩を抱き寄せた。起伏の激しい彼の感情が、薄い肌越しに自分の中に入ってくるのが分かった。
「いいの、他人に触っても?」博貴の腕の中でマックスがいたずらっぽく訊いた。
「大丈夫」
 力加減を間違えるとすぐに潰れてしまいそうな線の細い体をかい抱きながら、まるで野良猫の体のようだと博貴は思った。餌をもらうために、野良猫は淋しげな人間の心の隙に狙いを定め、ここぞとばかりに媚を売る。手傷を負っても怯むことなく他人に向けてむき出しの孤独を晒し続けるその生き方は、無防備であると同時に狡猾で貪欲だった。今まさに僕自身も彼の術中にはまりつつあるのだろうか――そう考えると、博貴の口から乾いた笑いが漏れた。はまった罠の中に彼もいるのなら、このまま落ちていくのも悪くない。
 ステレオから聞こえていたCDはとっくに最後のトラックまで行って止まっていた。静けさの落ちた部屋の中で、二人は身を寄せ合いながらそっと体を揺らし続けた。緩慢なダンスは時が経つのさえ忘れさせてくれた。


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