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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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真夜中に響く警笛

16/07/04 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:731

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友也は家に帰るとすぐに服を脱いで洗濯機を回し、シャワーを浴びた。体を拭いて部屋着に着替え寝室のドアを開けると、明子がマスクと透明なゴーグルをつけてベッドに寝ていた。
「ただいま。調子はどう?」
「おかえり。調子悪い……」明子は、ゴーグルの中の眼を瞑った。
「薬は飲んだ?」
「飲んでない。どうせ、効き目無いから」
「そんなこと言うなって。ちゃんと毎日飲んでれば、そのうち効果がでるよ」
明子は布団の上にのせた手を、爪の跡がくっきりと残るような力で握った。拳が小刻みに震えていた。
「ごめん、怒った?」
「出て行って!」
友也は部屋を出ようとして立ち止まり、明子へ振り向いた。
「ご飯作るけど、何が食べたい?」
「いらない」明子は、生気の抜けたような声で言った。
簡単な晩御飯を作った友也は、リビングで1人寂しく食べた。つけていない薄型テレビの画面に、暗い表情で食べる自分が反射していて、俺の顔はこんなにも老けたのかと、自分の顔を不思議な目で見つめた。
明子と結婚して10年が経っていた。区民センターが開催していた社交ダンス教室で2人は出会った。友也が30歳で明子が26歳の時だった。
当時からトラックドライバーだった友也は、仕事柄、女性と出会う機会が少なかった。会社の社長から、「積極的に出会いを求めていかないと、一生独身だぞ」と釘を刺され、焦りを感じた彼は、偶然目にした社交ダンス教室に入学したのだった。
入学早々、スタイルが良く笑顔がチャーミングな明子に一目ぼれした。
教室に通いだし3ヶ月が経った頃、勇気を振り絞って食事に誘ってみたところ、快く誘いにのってくれた。
それから1年後、2人は縁あって結婚をした。まさかあの時、明子がこんなに重い病気を患うとは思ってもみなかった。
あれは明子が36歳の誕生日を数日後にひかえた日だった。突然、なんの前兆もなく眼と喉が痛いと言いだした。風邪だろうと簡単に友也は考えていたが、その症状は急加速度的に進行していった。マスクとゴーグルをつけないと、日常生活が送れなくなった。
医者に診てもらっても原因が分からず、10軒目の病院でやっと『化学物質過敏症』だと病名がついた。
友也は、なぜ自分の妻がこんな病気になってしまったのかと、仕事中のトラックの運転席で何度も泣いた。そろそろ子供を作ろうかと話していた矢先だったのに……。
「あなた……」
その声で我に返ると、箸をもったまま涙が頬をつたっていた。真っ暗なテレビの画面には、驚いた表情の自分が反射していた。
明子は、ソファに崩れるように座った。
「お腹空いた?」
「空いてないわ」
「少しでも食べないと、体に悪いよ」
「お願いがあるの……」
「どうした?」
「死にたいの……」
「……」
友也は、ついにこの言葉が言われる日が来たと悲しく感じた。薄々は感じていた。いつ死にたいと言われるか、その言葉に怯えていた。
「私を踏切まで連れて行って。お願い……」
「もう無理なのか? 生きることは無理なのか?」
「もう、無理よ……」明子は子供のように泣いた。「お願い、私を踏み切りまで連れていって!」
友也も声を漏らして泣いた。
「ああ、俺が連れて行ってやる! 踏み切りまでじゃなく、天国にも一緒に行ってやる!」
2人は泣き続けた。時計の秒針がカチカチと規則的な音を立て、針が何周か回った。
深夜1時、紺のズボンにジャケットを着た友也は、お気に入りのワンピースに着替えた明子を背中に背負った。明子の最期の願いで、死ぬ時はお洒落な格好で死にたいという願いを叶えたのだった。
人気のいない夜道を、踏切に向かって歩いた。
「あなた……」
「何だい?」
「あなたと結婚できて、幸せだった」
「俺もだよ」
「あなた……」
「何だい?」
「健康な体で生まれ変わったら、また私と結婚してね」
「ああ、もちろんだよ」
こんな恋人時代のような甘い話し方は、どのくらい振りだろうかと友也は懐かしく思った。
明子を背負いながらゆっくりと歩き、とうとう踏切の前に着いた。
「あなた、降ろして」
友也は、明子を背中から降ろした。
明子はマスクとゴーグルを外した。
咳き込む明子の頭を撫でた。
踏切りの警報音が鳴り響き、遮断機が下りた。友也と明子は線路の真ん中で向かい合って立った。
友也は右手の手のひらを上にして、明子の胸の前に差し出した。
「Shall we dance?」
「Yes, please.」明子は、化学物質のせいで泣いているのか、悲しくて泣いてるのか、それとも嬉しくてなのか、判別のつかない涙を流しながら、友也の手にそっと左手をのせた。
「エスコートしてくださる」
「喜んで」
友也はこれで2人の人生が今、終わるのだなと思った。でも後悔は無かった。天国まで社交ダンスを踊りながら、ゆっくり向かおうと思った。
警笛が夜空に響いた。


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