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KOUICHI YOSHIOKAさん

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白い百合の花束

16/06/23 コンテスト(テーマ):第83回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:953

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 穴を掘りつづけている老人がいました。
 掘り始めたのは私が小学校にあがったころからですから、かれこれ二十年になるでしょうか。老人は我が家の隣に暮らし、家の裏は小高い丘になっています。その丘を真横に掘りすすんでいるわけです。何年も何年もツルハシとシャベルを使って手作業で掘っています。家の裏には掘った土で小さな山が二つほどできています。二十年分の土の山にしては幾分小さな気もしますが、それでも山は日々大きくなっています。がむしゃらに掘っているわけではないのでしょう。午前中しか掘っていないようですし、雨の日や雪の降る日にはどうやら掘るのを休んでいるようですから。
私の家は隣とは交流がありませんでしたので、老人が穴を掘っている理由を知ることはありませんでした。二十年前からすでに私の二階の部屋からは老人が掘った穴が見えましたが、おそらくは他の場所から穴を覗くことはできなかったと思います。もちろん二十年前から老人は老人であったわけではありません。二十年前はまだ髪も今のように白くなく黒々として豊かな口髭も生えていたと思います。
両親はむろん穴の事を知っていました。しかし思慮深い両親は、老人にはもちろん近所のだれにもこのことを尋ねたりすることはありませんでした。「よくわからないことには触れないことが一番安全なのよ、」と母は言ったものです。
 私は母の言いつけを守り、家の前で老人と顔を合わせたときでも挨拶以上のことをすることはありませんでした。よくこういうわからないことをする人の事を「変わり者」などと呼んだりしますが、私にはごく普通のおだやかな人といいますか、むしろ優しく上品な紳士にみえてなりませんでした。
 きっと埋蔵金を探しているにちがいない、何度かテレビで埋蔵金発掘の番組をみたことがあるのでそう思いました。
同じように何年も穴を掘って埋蔵金を探している人をテレビで見たことがあるわ、あの人も同じじゃないかしら、風貌も似ているし、きっと徳川家の埋蔵金でも探しているのね。夢追い人なのよ、と。
 高校を卒業してから最近まで私は遠くの街で働いていました。去年父が急な病で亡くなったのを機に戻ってきたのです。私がいない間も穴は掘りすすまれていたのでしょう。裏庭の二つの山は大きくなっていました。朝、カーテンを開くたびに朝日を浴びながら掘り出した土を運んでいる姿をみかけました。私が家を離れる前も、家に帰ってきてからも同じ朝の景色です。
 ある日、私は気づいたのです。山が小さくなっているのを。
 朝カーテンを開くと老人はいつものように土を運んでいました。ただいつもと違うのは、穴から山へと運んでいたのではなく、山から穴へと土を運んでいたのです。つまり二十年かけて掘り出した土をもとの場所に戻していたのでした。穴から山へ運ぶ様子も山から穴へと運ぶ様子も同じでした。落ち着いていて慌てる様子もなく、黙々と丁寧にゆっくりと手押し車に乗せて運んでいたのです。
 わけがわかりません。なにか土を戻さなければならないことが起こったのでしょうか。
 次の日も次の日も、その次の日も老人は山から穴へと土を戻していました。二つの山は少しずつ小さくなっています。穴を掘るよりも穴を埋める作業のほうが早いようです。すくなくともツルハシは不要ですから、体力も時間も半分で済むのかもしれません。仮に半分だとしても埋め終わるのには十年はかかるということです。私ならば二か月もあれば埋め終わるかもしれませんが、老人のゆったりとした動作をみているとやはりそれくらいはかかるのかもしれません。
 それから二年が過ぎました。
 老人は相も変わらず穴を埋め続けています。老いが深まっているためか土を運ぶペースは遅くなっているようです。かなり山は小さくなってきましたが、まだまだ山がなくなるのには時間がかかりそうでした。この頃の私はある男性に恋をしていました。老人のことなど、いつも見るただの朝の景色にしかすぎませんでした。毎朝カーテンを開くたびに必ず老人の姿をみていたのに、その映像は頭に残ることはありませんでした。私の頭は恋人のことでいっぱいだったのです。父が亡くなってからふさぎ込みがちな母親のことですら気にかけていなかったくらいです。
 老人が亡くなったと聞いたのは、それから数カ月が過ぎた頃でした。母が向かいに住む町内会長さんから聞いてきたのです。そういえばしばらく老人の姿をみかけていないことに、このときようやく気がついたのです。朝カーテンを開けて老人のいる庭を見ていたはずなのに、私はそこに老人の姿がなかったことにずっと気づきもしなかったのです。あらためて二階の窓から裏庭をみるとふたつの山はまだ半分以上残っていました。穴はまだ埋まっていません。きっと半分以上穴は残っていることでしょう。
 穴を掘り、穴を埋める、それが老人の人生だったのでしょうか。なんのために老人がそんなことをしていたのかわかりません。葬儀の時も誰一人として老人の掘って埋めていた穴の話はしませんでした。知っているのか、知っていないのかもわかりません。母は相変わらず「よくわからないことには触れないことが一番安全なのよ、」と言っています。なにも知る必要はないのかもしれません。それを知ったからといって私は何もしないでしょう。どんなに心を揺さぶられる理由があっても、私が老人の後を継いで穴を埋めることなんてありえません。翌月に結婚をひかえている私には、そんなことはどうだっていいことなんですから。
 今朝もいつものように私はカーテンを開けて隣の裏庭を見ました。すると、ふたつの山のいっぽうに山のうえに白い百合の花束がおかれていました。母がその山のしたで、朝日を浴びながら静かに手を合わせていました。何分も何分も同じ姿勢のまま手を合わせています。挨拶程度の付き合いしかなかったはずの老人のために、深く頭をたれています。伸びた指の先がふるえているようでした。
なぜだかわかりません、私は手を合わせ泣いていました。


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このストーリーに関するコメント

16/07/05 せんさく

切なくて、人生とは何かを考えさせられるお話でした。
よくわからないことって世の中にはたくさんあって、見て見ぬ振りをしてしまうことが多いけれど、見ているってことはそれだけでもう触れていることになるんですよね。
読み終わった後、私も涙が出そうになりました。

16/07/08 KOUICHI YOSHIOKA

せんさく様
コメントをいただき感謝します。
作中人物が手を合わせるとき、作者(私)も手を合わせています。
作中人物が涙流すとき、作者(私)も涙流します。
せんさく様が深く読んでいただいたこと重ねて感謝します。

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