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宮下 倖さん

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雨菓子

16/06/20 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:5件 宮下 倖 閲覧数:1200

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 雨季が終わり、街に大きな市が立った。
 馬車が横に三台も並べるほどの幅の大通りは、人々の熱気と喧騒に包まれている。陽光に晒され埃っぽくなりつつある通りの両側には、さまざまな売り物を積み上げた商人たちが呼び込みの声を張っていた。

 他国へ向かう交通の要所、また交易の要であるこの街には旅人の姿も多い。
 市の外れで、この南の地には少々そぐわない厚着をした若い旅人が物珍しそうに足を止め、好奇心いっぱいの視線を辺りに向けていた。

 色とりどりの糸で織った反物片手に女性を手招く者、太い竿を横に渡しみっしりと鶏をぶら下げる者、自分が並べた野菜や果物がどんなに新鮮か滔々とまくしたてる者。

 若い旅人は瞳を輝かせ、弾むような足取りで市を進んでいく。ふと前方に今までにない人だかりが見えた。何を売っているのか呼び込みの声はしない。店を覗き込む人々も騒いだりせずに、行儀よく品物を買っては店先を離れていく。
 旅人は足早に近づき、人々の間から売り物を見ようと顔を突っ込んだ。

「なんだ、蜜煉瓦か」

 それは子どもの手のひらに収まるほどの大きさの菓子で、小麦粉に砂糖と乳と卵を混ぜ型に入れて焼いたものである。香ばしい焼き色と、四角い箱のような形から蜜煉瓦と呼ばれている。

 落胆したような旅人の声が耳に入ったらしく、店の主は顔を上げて彼を見ると「これは雨菓子っていうんだ」と薄く笑んだ。

「雨菓子?」
「あんた、このへんの人じゃないね。蜜煉瓦なんて言うのは……北の大国かい?」

 旅人はうなずく。店主が数人の客の対応を終えたのを見計らって、待ち兼ねたように声をかけた。

「あの、雨菓子って何です?」
「雨季にしかつくれない菓子だよ。このへんの特産だ」
「雨季にしかつくれない……?」

 訝しげに眉をひそめる旅人に、店主は「そうだ」と首肯した。

「基本はあんたが言った蜜煉瓦と同じだ。小麦粉に砂糖、乳、卵を入れて型で焼く。それから、雨で燻す」
「雨で……燻す?」

 その言葉に旅人は胡散臭げに鼻を鳴らした。そんな反応に慣れているのか、口の端をひん曲げるように店主が笑う。

「ほかの国から来た人にゃわからねえよなあ。余所じゃ雨は休息日なんて言ってるようだが、このへんじゃ逆に繁忙期だ。めいっぱい菓子を焼いて、燻し小屋に積み上げる。その小屋に雨季の質のいい雨を誘い込んで燻すのよ。早朝の雨、もしくは黄昏時の雨が上質だ。しかも地方によって雨の風味が違うんで、その土地独自の雨菓子になる。人気のある土地のやつはすぐ売り切れるな。ちなみに、うちのやつはほんのり柑橘系の香りがつく。で、そっちのやつは――」

 店主が右側に店を広げる髭の男を指さした。話を振られた男は人懐こい笑みを浮かべ、顎を突き出すようにして挨拶した。

「口触りがえらくなめらかになる。元が焼菓子とは思えねえくらいだ。羨ましいことに、あっという間に売れちまう」

 くすぐったそうに肩を竦めた髭の男の前には、もう雨菓子はみっつほどしか残っていない。対して、旅人の目の前で嘆く店主のところには、まだ十数個の菓子が積んであった。

 旅人は感心しきりの表情でうなずき、彼らと並んでずらりと店を広げる雨菓子屋たちを改めて見渡した。こんな風変わりなつくり方をする菓子があるのか。世界は広い。余さず歩けば自分の国が抱える問題を解決してくれる方法も見つかるかもしれない。希望を胸にふと廻らせた視線の先、一際雨菓子を積み上げている店があった。大量に拵えて来たのか、あるいは……。

 旅人の見やるほうに気づいたのか、店主が眉をひそめて声を低くした。

「あの地域ももう終わりだな。一昨年あたりから雨の質が格段に落ちた。出来上がる雨菓子の味も落ちた。以前は口ん中で蕩けちまうほど軽い仕上がりが自慢だったのに、今じゃ妙に酸っぱくて苦味が交じるようになった。あれじゃ売れねえよ。……最近こういう場所が増えた。雨が壊れていく土地がな」

 雨が壊れていくという店主の言葉に旅人ははっと目を瞠った。横目で彼を窺っていた髭の男が「おまえさん、北の人なんだろ?」と囁くように言った。

「北はどうなんだ? 噂じゃ陽の光が壊れてるって聞くぞ。北なのに異様に太陽が熱くて、光で磨き上げる北の武器の質が落ちてるってな。」

 若い旅人は動揺を隠せず深々と息を吐くのみで、それは髭の男の問いに是と答えていた。まさに、それを解決する方法を探すための旅だった。髭の男が目を伏せて呟く。

「世界が壊れかけてるってことなのかねえ」

 雨季の名残をわずかに残す湿った風が吹いた。
 ひどく長い道行きになりそうだと思い、旅人は市の喧騒の中、澄みきった空を虚しく仰いだ。





―― 了 ――


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このストーリーに関するコメント

16/06/25 クナリ

雨菓子という個性的なアイテムに独特の世界観が魅力的な作品でした。
雨菓子が世界観の象徴として表されるだけでなく、ストーリーの流れ(登場人物らへの影響)に関わるともっといいと思いました。

16/07/04 宮下 倖

【クナリさま】
貴重なご意見ありがとうございます!
改めて読み返してみますと、雨菓子とその世界観を書くことでいっぱいいっぱいだったと気づきました。
もっと登場人物に絡められれば広がりが得られたかも……と思いました。
的確なご指摘、本当に嬉しいです! 学ぶことが多い素敵な場所に感謝しております。
作品を読んでいただき、コメントもくださりありがとうございました!

16/07/05 石蕗亮

拝読致しました。
雨菓子。なるほど!独特な捉え方で世界観が出来上がっていて面白かったです。水分の多い柑橘系や瓜系を水菓子というようなものだと解釈しながら読んでいきましたが雨菓子の質感、味覚の表現がしっかりしていて良かったです。

16/07/10 そらの珊瑚

宮下 倖さん、拝読しました。
わぁ、いいですね。筆運びも巧いし、魅了されました。
この世界観大好きです。

16/07/22 宮下 倖

【石蕗亮さま】
雨菓子というアイテムを思いついたが最後、書きたくて書きたくて一気に書き上げた作品です。世界観を褒めていただきとても嬉しいです。思わず続きを考えてしまうくらいには自分でも思い入れのある世界です。
作品を読んでいただきありがとうございました!

【そらの珊瑚さま】
嬉しいお言葉をありがとうございます! とても励みになりました。
ファンタジーが大好きなので、ついつい異世界空想を広げてしまうのですが、この世界観を気に入っていただけたことがやる気につながりました。
作品を読んでいただきありがとうございました!

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