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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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砂礫の花

16/06/19 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:1244

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 途切れぬ雨音が、鼓膜を叩く。
 砂漠の国サフィヤにも雨期はやってきた。
 太陽に打ちひしがれる民も、この時ばかりは家から駆けだして服と髪を濡らし、仕事を放り出し肌をさらして踊る。
 シャン、シャン!
 鈴の音を高く低く奏でると、澄んだ歌声は空に波紋を描くように響き渡る。
 そこには、雨と交じりながら歌い、練り歩く巫女イゼッタの姿があった。
 天が裂けたような激しい降水を祝う、雨の祭りだ。その古語は、帝都の諜報員であるロザにも分からない。
 地表を潤す水が街角に積もった砂を洗う。赤い大地が濁った泥の水溜りで一杯になり、川となるまでこの雨歌は続くのだ。
 しかし、これは余計だな。
 少年は舌打ちし、目を閉ざして情報を遮断した。


 帝都では孤児は、家畜より安価で取引される。
 ロザもその一人だった。
 泥水の上澄みをすくい、かびたパンを齧るような生活から抜け出すためには金が必要だ。
 サフィヤの詳しい見取り図が欲しいが、大人では怪しまれる。年端もゆかぬロザに大役が巡ってきたのは幸いだった。
 そのための対価は支払ったが、それでも帝都に帰りさえすれば金貨300枚の利益は出る。平民の身分を買うには十分な金額だ。
 それに比べサフィヤを統べるイゼッタは、朗らかな人柄を誰からも愛されていた。
 顔に化粧し、髪に装飾を施して雨を祝うイゼッタの歩みに際し、人々はひれ伏し、なけなしの銅貨を投げる者もいる。それを拾うのがデラーナ(兄弟の意)の役目だ。この金で孤児を引き取り神殿で育て、雑用を任せるのである。彼らに紛れるロザは、その待遇の良さに驚きもした。
 デラーナは今、雨水を無邪気に浴びて、小躍りしていた。
 フードを深く被ったままのロザを何人かが小突く。早く銅貨を拾えというのだろう。
 こんな泥水でも、銅貨の価値があるというのか?
 喜んでぬかるんだ地面に這いつくばる彼らの姿から顔を反らし、ロザは雨を避け眼を覆い隠した。
 この国に来て思う。
 自然は劣悪で、民は貧しく飢えている。
 雨を降らせぬ神を恨みはしないのか?
 こんなになるまで耐えて。
 金持ちを憎むロザには分からないことだらけだった。



 そして毎日続いた祭りの中、鈴を鳴らす手が止まり、イゼッタの声が発せられたのは、雨期も終わりに近づいた頃だった。
「祭りは今年で終わるでしょう」
 彼女は優れた星読みであり、神のお告げでサフィヤの行く末を決めるのだ。
 馬鹿な。ロザは内心嘲笑っていた。
 しかしイゼッタは言った。
「サフィヤは滅びます」
 鈴を持つ手が真っ直ぐににロザへ向けられた。
 ばれたのか?
 ……この地から汲み出される燃える水は燃料になる。帝都が喉から手が出るほどに欲しいもので、対価を払わず手に入れたいと考えている。近いうちに戦が起きる。それがロザがここに来た理由だ。
 しかしイゼッタは異邦の民を咎めることはなかった。
「貴方のせいではありません、そう神はお告げです」
 イゼッタは慈しむ眼差しを、少年に向ける。
「雨が止んだら、帝都にお帰り。そしてあなたが見たサフィヤを伝えて」
 巫女の笑顔は幾分か寂しそうだった。
「誰にも知られず砂礫に還っては、可哀想だから……」
 
 
 


 雨が止んだ。
 厚い雲の隙間から、青空が覗く。光は金色の階段となって、幾筋も天上から降りてくる。
 旅装束のロザは息を飲んだ。
 

 干からびた大地を踏むはずだったその足に。
 地上の虹が、広がっていた。
 
 
 名もなき花々が地平線まで敷き詰められている。
 
 青、赤、黄、白、紫……。
 
 雨後を待ちわびて一斉に成長した草花が、砂礫を覆い尽している。露に濡れ宝石よりまばゆく咲き乱れる花をロザが摘むと、香りを乗せた風で揺れた。


 散々這いつくばって舐めてきた泥水が、此処では、貴族たちが蓄えた金銀でも敵いはしないのだ……。


 ロザの左目から、一滴の涙が流れた。
 そしてためらうことなく、無機質な右の眼球を抉り出した。
 半年間の情報を集めた小型の記録媒体を、水たまりに捨てると、それは火花を散らし煙を吐いた。
 ……残念だが、花など平気で踏みにじる帝都の奴らに、この価値は分かりはしないし、これでサフィヤの命が長らえるのなら、金貨千枚よりも意味のある事なのだ。


 最後の慈雨が、草花を濡らし始めた。


 ロザは射貫くように天を仰ぎ見る。
 受け止めた雨が、窪んだ片目を満たしながら、乾いた心を濡らす。
 サフィヤの民の宝は、彼らのものであるべきだ。
 神は愚かだ。
 こんなに世界に愛を注いでも、何一つ見てやしない。花一輪の姿さえ。
 ロザは踵を返し、フードを脱ぎ捨てサフィヤへの道を駆けだした。
 ただただ、惜しいと思ったのだ。
 雨を喜ぶ花のように、散り急ぐ民の運命を。


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このストーリーに関するコメント

16/06/19 冬垣ひなた

≪補足説明≫

写真は写真ACからお借りしたものを加工しました。

16/06/23 宮下 倖

拝読いたしました。
ファンタジー映画のワンシーンを切り取ったように映像が浮かぶ作品でした。
この物語の前後を読んでみたいと思い、勝手ながらいろいろと想像を広げてしまいました。
素敵な作品をありがとうございました!

16/06/23 冬垣ひなた

宮下倖さん、コメントありがとうございます。

クライマックスは南アフリカのナマクアランドをイメージして書きました。世界の絶景と言われる所ですので、よければ検索してみてください。
確かにファンタジー作品が2000字で終わるのは寂しい気もしますね、想像力を自由に広げて頂けたら作者としても本望です。こちらこそありがとうございました!

16/07/01 泉 鳴巳

拝読致しました。
とにかく世界観がたまらないです。
砂と欲望が織り成す壮大な物語の一片を垣間見たような気分にさせられました。
ぜひ同じ世界観の別の作品も読んでみたいと思わせる作品でした。

完全に余談ですが将国のアルタイルという漫画(ムスリム・アラブ系の戦記ファンタジーです)を
読んでいた私にはまさにタイムリーでドンピシャな作品でした。

16/07/03 冬垣ひなた

泉鳴巳さん、コメントありがとうございます。

ファンタジーものは好きです。自分の場合小説だけでなくゲームの影響も大きいように感じます。今回は志方あきこさんの「晴れすぎた空の下で」という歌からインスピレーションを頂きました。確かに世界観はもう少し練れば別作品にも転用できそうな気がしますね。
将国のアルタイル面白そうですね、またおすすめがありましたら教えてくださいね。

16/07/05 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。
小型の記録媒体としての眼球! 
それをとりのぞいたあとの窪みに満ちていく雨。なんとトラマティックなんでしょう。
冬垣さんはいろいろなジャンルをお書きになっていますが、ファンタジーも上手いなあと感心しております。

16/07/16 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

書き方としては基本、フィクションもノンフィクションも変わらないものだと思います。どんなキャラクターも作品中では生きて動いている人ですから、過酷な状況も表現としては穏やかなもので捉えていきたいのです。ファンタジーはそれに適したジャンルだと感じていて、書くことが多いのですね。お読みいただき感謝します!

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