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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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屯所前の蕎麦屋

16/06/13 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1259

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目的の場所はもう、目と鼻の先だった。
あそこに新撰組屯所があるのだ。
三五郎は目を輝かせて屯所への道を歩いていた。
どこからか流れてくる匂いに、彼は鼻を鳴らした。村を出てからここまで、夢中で歩いてきた。その間、川の水をのんだきり、なにも腹にいれてなかった。
石垣の角に屋台が出ていた。暖簾に、蕎麦の文字がくっきりみてとれた。
たまらず三五郎がちかづくと、すでに2人の先客がいた。二人とも、三五郎と似たような年ごろで、おまけに両者もまた、三五郎同様畑仕事で肌は黒く焼けていた。こいつらも隊士志願だな。彼は直観した。
「いらっしゃい」
鉢巻姿も凛々しい男が、屋台の前にたつ三五郎によびかけた。
「一杯もらおうか」
三五郎は遠慮しながら、二人の男の間におかれた空樽の腰かけに尻をのせた。
両側の男たちも、三五郎をみるなり、さっきの彼とおなじことを思ったらしかった。
「志願の口か」
左側の、小柄だが肩のもりあがった男が話しかけてきた。
「あんたたちもだね」
反対側の、こちらは異様に顔の長い男が、三五郎にうなずいてみせた。
「俺は盛平。村いちばんの力持ちだ。相撲なら誰にも負けねえ」と、小柄な方が言うと、
「おらだって、村にやってきた柔術の先生にてほどきをうけたんだ。その先生は、天下無双の達人だぜ」負けじと馬面も、自分ではなく先生の自慢をはじめた。
「おまえは、何が自慢だ」
「俺か………」
二人が三五郎の返事をまっているとき、蕎麦があがってきた。やっぱり空腹をかかえていたとみえ、薬味をふりかけるなり、ずるずるとやりだした。
「俺は、棍棒をふりまわすのが得意だ」
三五郎がいうと、両側の二人は、おもわずふきだした。
「おまえ、そんなもので、隊士になれると思ってるのか」
「まったくだ。子供の喧嘩じゃないんだぜ。なあ、おやじ」
と馬面が、おやじに話をふった。
おやじは、にこにこ笑いながら、
「まあ、そうですね。新撰組には、錚々たる剣術遣いがそろっているっていいますからね。それにあそこには、なんでも、鬼がいるっていいますし」
「鬼」
小男も馬面も、同時におやじの方をみた。
「なんでも鬼は一匹だけじゃなく、何匹もの、それはおそろしい鬼たちがあそこには屯しているっていいますぜ」
「おどかすなよ。ぶっそうな浪士たちが跳梁する京の都だ、覚悟をきめて幕府をまもる隊士たちが猛者揃いというのはあたりまえだ。それを鬼よばわりするのは、おやじ、いくらなんでもひどいんじゃないか」
おやじはまだ白い歯をのぞかせて、三人の顔をみくらべている。
「お客さんがそこまでおっしゃるんなら、あっしも百歩譲って、それなら一匹だけの鬼の話をいたしやそう。ただしこの鬼は、そんじょそこらの鬼じゃない」
三五郎の両側から、同時に生唾をのむ音がきこえた。
「その鬼というのは―――」
「もうおわかりでしょう」
「あの副長の………」
「ご明察、鬼の副長、土方さんですよ。これまでいったい、何人もの隊士たちに腹を詰めさせたことか」
「噂ではきいてたけど、それは本当の話なのか」
「あっしの蕎麦をたべにきていた隊士が、きゅうにこなくなったと思ったら、――これでさあ」
屋台に遮られて、自分の腹を手で切るおやじの仕草はみえなくても、こちら側の三人には容易に想像がついた。
「屯所のなかは地獄だと、誰かさんもおっしゃっていたな」
小柄な男も馬面も、きゅうにおとなくなったと思うと、みれば顔はあおざめ、せっかくの蕎麦もそれ以上箸がすすまない様子だった。
「蕎麦代をここにおく」
どこかしょげた風に馬面が屋台をでていくと、小柄な方もあとを追うように立ち上った。
三五郎は暖簾の下から、二人が屯所とは反対の方角にむかって歩いていくのをみた。
「おまち」
ひとりになった三五郎のまえに、蕎麦が出てきた。三五郎が臆した様子もなく、すすりだすのをみたおやじが、
「お客さんも、あのお二人さんのように、おもどりになるつもりで」
「いや、俺は家をでるとき、生きてここにはもどらないときめた。棍棒をふるしか芸のない俺だが、百姓出身の近藤さんや土方さんのように、天下のために命を捧げたい」
三五郎はその意気込みをみせるかのように、一気に蕎麦を食べ終えた。
「おやじさん、こんどくるときは、浅黄にだんだら模様の隊士服をはおってやってくるよ」
「お代は入りません。蕎麦はおごりだ」
「それは、ありがとう」
「また、あいましょうや」
言葉どおり、屯所の方向に進みだした三五郎を見送っていたおやじは、にわかに鉢巻をはずすと、屋台に立てかけてあった刀を腰に、ぐいと差し入れた。
「みどころのあるやつがやってきたようだ」
土方歳三は背筋をのばすと、屋台の影にまみれていた役者のように端正な顔に笑みをうかべて、自分も新撰組屯所めざして歩きはじめた。


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