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あずみの白馬さん

成人済 アイコンは天乃ゆうりさん作成(無断転載を禁じます) 自分なりの優しい世界観を出せるように頑張ります。 好きな作家は飯田雪子先生です。若輩者ですが、よろしくお願いします。 Twitter:@Hakuba_Azumino

性別 男性
将来の夢 旅立つときには、ひとりでも多くの人に見送られたい。
座右の銘 「これでいいのだ」

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せつない奇跡

16/06/10 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:7件 あずみの白馬 閲覧数:1271

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 6月の土曜日の朝、屋根に激しく降りつけてる雨音が聞こえてくる。
 けだるく目を覚ますと、僕は日課となっている挨拶をつぶやいた。

「ナナコさん、愛してる……」
 写真につぶやいてもなんの反応も返って来ない。でも、僕が一番彼女を愛してるんだ。

 ナナコさんとは5年前につきあっていたけど、半年程で別れてしまった。そして彼女はは別の男の人と結婚した。でもそれは悪い夢。いつか奇跡が起きる。やり直せると信じていればいつかは叶うはず。

 SNSのナナコさんのアカウントは全てチェックしている。昨日は旦那とディナーか。でもそれは悪い夢。本当は僕と一緒にいるはずなんだ。

 だから彼女に嫌われることはしない。奇跡が起こった時のために確認だけしておくのだ。

 雨足は強くなり、ざあざあと激しい音が聞こえる。こんな日は憂鬱だ。でも小腹が空いてきた。食欲には逆らえずに近くのコンビニで弁当を買った帰り道……

 家のすぐそばの細い道、激しく降る雨の中、ぼうっと浮かぶ綺麗なお姉さん。それは……紛れもなくナナコさんだ。

 やっと報われる日が来たんだ! 僕は思わず声をかける。

「な、ナナコさん! 会いたかった!」
 しかしナナコさんは、厳しい表情で僕の質問に答える。
「私はね、あなたに現実を知ってもらうために来たのよ」
 な、な、……なんで?
「なんでそんなこと言うんだ! 君を一番愛してるのに!」
 次の瞬間ナナコさんは、
「そうね、私が好きなんだもんね。ナナコさんじゃなくて」

 は?
「あなたがナナコさんじゃないの?」
「違うわ。私は貴方によって作られたナナコさんの幻影よ」
「そ、そんな! うそだろ!?」

 雨は激しさを増していく。僕はもうずぶ濡れだがそんなの気にならない。ナナコさんの手を取ろうとすると……、すり抜けた!?

「ね、幻影でしょ」
 そ、そんな……!
「嘘だ! 僕のナナコさんは……」
「そこまで言うの? じゃあ……、これ見せてあげるね」

 幻影のナナコさんは、雨で出来たスクリーンに、とある保育園の様子を映した。ほどなく車が横付けされ、実物のナナコさんと旦那が子供を迎えに来た。三人はどこまでも幸せそうな顔をしている。

「あんなに幸せそうなのに、ネットをいくら見たって意味ないでしょ?」
 すごくショックだった。スクリーンをよく見ると目の前の女よりナナコさんは歳を重ねているように見える。
「嘘だ……、こんなの……、嘘だよ……!!」
「それは、私と実物のナナコさんを混同しているからそう思うのよ」
 信じられないことの連続に、僕は思わず本音を口走った。
「あなたが僕の理想なら、すぐに実物のナナコさんを連れて来てよ! ねえ!」

 降りしきる雨の中、幻影のナナコさんは厳しい表情を変えない。雨粒がまるで涙のように見える。僕の訴えに、彼女は諭すように話し始めた。

「無理よ。だって私はこの雨が見せる幻。ナナコさんには5年も会ってないんでしょ? 結婚式すら呼ばれてないのに、奇跡なんて起きるはずもないわ」
「な、なんでそれを!」
「ストーカー扱いされるのが怖いから、奇跡が起きるなんて信じてネット見てたんでしょ? でもね、もうあなたの元にナナコさんは来ないわ。旦那もいて子供も居て幸せそうで……。あなたはそれを受け入れられなかったんでしょ?」
 はっとした。確かにその通りだ。彼女は続ける。
「想いだけが走り続けて、いつの間にかあなたの心の中に私が出来て、本人とはかけ離れた存在になってしまった。あなたが愛したのはこの私よ」
 そこまで言われてはじめて彼女を見る。別れた5年前と同じ、お気に入りの水色のワンピース、顔も体型も全く変わらない。さっき見た映像のナナコさんは心なしか母親らしく見えた。
 やっとわかった。今見えているのは幻影だと。

 雨は少しずつ小降りになって来た。不思議なことに「ナナコさんの幻影」は霞み始めている。
「私は雨が見せる幻。もうすぐ消えるから、その前に言っておきたいことがあるの」
「言っておきたいことって?」
「あなたのことを愛してる。でも私は所詮幻だから……、幸せになってね」

 その言葉を最後に、はかなげな笑顔を見せると、もう幻は見えなくなっていた。

 我に返って冷静に考えてみる。ナナコさんが離婚しないと僕とは幸せにはなれない。寝取ってまで奪い取りたくなかった。でも、恋人に戻れる奇跡が起きる日を待っていた。

 でも、その日はまず来ない。それが残酷な現実。必死に現実から目を逸らし続けた結果、雨の中にナナコさんの幻が現れてしまった。

 雨はもう霧雨になっていた。雨粒はまるで僕の身勝手な涙を洗い流してくれるようだ。

――愛してる。幸せになってね

 幻影が残した最後の言葉。その想いを胸に、僕は前に進むことを決めたのだった。


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このストーリーに関するコメント

16/06/10 天野ゆうり

本当に切なかったです。切なくて、叶わない奇跡……
胸がいたくなりました。
どんなに好きでも、手は届かない。
彼女の幻影は、彼を前に歩ませるための切なくても素敵な奇跡だったんですね。

16/06/13 あずみの白馬

> 天野ゆうり さん
ありがとうございます。
どんなに好きでも手が届かない恋、けっこうありますよね。
彼女の幻影はそう、彼を前に進ませる存在として描きました。
感じ取っていただいて嬉しいです。

> シール さん
貴重なご意見ありがとうございます。

> 海月漂 さん
思い込みによる幻影、なかなか捨てられないものですが、解放されることも必要ですよね。私も彼には雨上がりの世界で前に進んで欲しいと思います。

16/06/13 泡沫恋歌

あずみの白馬 様、拝読しました。

主人公の切ない気持が、切々と訴えられてきますね。
終わった恋を諦めきれない、その気持ちも分かるけれど・・・
現実を見なければ、前には進めない、永遠に幸せにはなれない。

それを主人公に分からせるために、出てきた幻影なのかもしれません。
最後まで、興味深く読ませていただきました。

16/06/14 あずみの白馬

>泡沫恋歌 さん
現実を見なければ、受け入れなければ前に進めない。
そのとおりだと思います。彼女の幻影は前に進ませるための存在でもあり、主人公が心のなかに作ってしまった存在でもあります。
ありがとうございます。

16/06/14 冬垣ひなた

あずみの白馬さん、拝読しました。

雨の日の幻影か見せる、現実の世界が切ないです。
けれど、主人公の幸せを願う
幻影の言葉は本当だったんじゃないでしょうか。
恋の終わりを受け止め、彼には前向きに進んでほしいと思います。

16/06/17 あずみの白馬

> 冬垣ひなた さま
主人公の幸せを願う幻影の言葉は、本当だと作者ながらに思っています。
彼には前向きに進んで行って欲しいとの言葉、ありがとうございます!

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