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つつい つつさん

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もう一軒寄ってきますか

16/06/08 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:1166

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 繁華街は金曜日の夜だけあって人通りも多く、がやがやと賑わっていた。同業者グループの懇親会に参加した敏彦達四人は、この後どうしようかと悩んでいた。
「ちょっと歩いたとこに、いい蕎麦屋があるんだよ」
 ベテラン社員の松田が提案すると、同じくベテランの林が不満気な顔で言い返す。
「蕎麦って、昼飯じゃないんだから」
「いやいや、一品料理も揃ってるし、たまには蕎麦で一杯なんてのもいいだろ」
 林が納得した顔をして、そこに決まりかけた時、高木主任が制した。
「でも、敏彦君、蕎麦アレルギーだったよね?」
 松田と林が残念そうな顔で敏彦を見る。すると、敏彦がいきなり、真っ赤な顔をして主任に詰め寄った。
「た、高木主任は、いつもそうです!」
 詰め寄られた主任はわけがわからないといった顔で「いきなり、ど、どうしたんだい」と、敏彦をなだめる。
 若い敏彦のいきなりの豹変にみんなが驚く中、松田がうんうんとうなずく。
「まあ、敏彦の気持ちもわかるよ」
「えっ? どういうこと?」
 林が松田に問いかけると、松田はぞんざいに首を振る。
「は……そんなこと、本人でもないのに、わかるわけないだろ」
 林はあきれ顔で松田を見る。
「わからないなら、適当な相槌しないでほしいな」
 憤慨した表情で敏彦は続ける。
「この前の仲川産業さんのこともそうです。僕は、ちゃんと自分で謝りに行こうと」
 敏彦の責任ではないが、仲川産業からの発注の対応が遅れ担当の敏彦は夜も眠れない程責任を感じ、考え抜いたあげく必死の覚悟を持って謝罪に訪れようとしていたのだが、主任の根回しのおかげで、敏彦は怒られることもなく無事解決したのだった。でも、自分の覚悟はなんだったのかと、敏彦の中で不満がくすぶっていた。それに、今日だって、それは敏彦が入社した頃、なにかの誘いを受けた時に気乗りしなかった敏彦がついた蕎麦アレルギーという些細な嘘をいまだに主任が覚えていることが妙に腹立たしかった。
 林が敏彦の肩を優しくたたく。
「そうだね、あれは敏彦君の仕事だね」
 松田も勢いづき、主任に毒つく。
「そうだ、そうだ。いくら優秀だからって、部下の仕事を取ったら駄目だぞ。若手の成長を見守るのも、上司の仕事だ」
 主任は申し訳なさそうに頭をかき、頭を下げる。それでも松田と林はやんややんやと主任を責め立てる。そんな主任を見た敏彦はなんだか悪いことした気分になる。敏彦は主任を心の底から尊敬していた。仕事もきっちりこなすし、部下に対しても分け隔てなく心くだける主任が敏彦の理想だった。だけど、あまりにも不甲斐ない自分が今日は悔しかったのかもしれない。
 敏彦は普段怒られているとろこなんて見たこともない主任がまだ責め続けられている見ていると、なんだか可笑しくなって、思わず間に割って入った。
「みなさん、蕎麦、食べに行きましょう」
「あれ? 蕎麦アレルギーは?」と、林がぽかーんとしている。
「実は、アレルギーじゃなかったみたいです。小さい頃じんましんが出たからアレルギーと思いこんでたんですが」
「よしっ、そうか! じゃ、行くぞ。こっちだ、こっち」
 松田が敏彦の背中をたたき、みんなを先導する。一五分程歩くと、こじんまりしたよくある感じのありふれた蕎麦屋にたどり着いた。店内は仕事帰りの会社員や家族連れで溢れていたが、なんとか四人掛けのテーブルは空いていた。
 天ぷらや一品料理を頼み、ビールで乾杯する。
 散々飲み食いした後、締めの蕎麦を頼むと、べろべろの松田が敏彦に絡む。
「いいか、敏彦。蕎麦ってのは食べ方が大事なんだ。見てろ。こうだ、こう」
 松田はずるずると豪快に蕎麦を吸い込む。敏彦が興味なさ気にしていると、林も口をはさむ。
「敏彦君、ちゃんと覚えないと。蕎麦の食べ方も知らないようじゃ、男としてなめられるよ」
 林にも言われ、そんなものかと思い直し、敏彦は松田の真似をして豪快に蕎麦をすすった。
 蕎麦も堪能して、そば湯を飲んで落ち着いていると主任が神妙な面持ちで敏彦の横に座った。
「仲川産業さんの件では悪いことしましたね」
 敏彦は慌てて頭を下げる。
「いえ、そんなこと。おかげで助かりました」
 主任は赤らめた顔で柔和に微笑んだ。
「でも、嬉しいです。そこまで真剣に取り組んでくれていたとは。これからは、もっと敏彦君に任せないといけませんね」
「いや、そんな。僕なんて」
 蕎麦屋で初めて飲んだ夜、敏彦は自分が社会人としてなんだか認められたような気がして、帰り道、いつもより少し大股で歩いた。


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