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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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私の父とそばアーマー

16/06/06 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1832

時空モノガタリからの選評

ホームドラマのパロディのような脱力系の面白さの中に、家族のドラマのもあり、すごく不思議な空気感を醸し出している作品ですね。そばアーマーという着想が斬新で、絵的にシュールでクスリと笑ってしまいました。
 そんな独特な世界観の中、強く優しかった父の、また違う一面を見て動揺する少女の心も描かれているのが印象的でした。大人になる過程で、子供は親の人間的な弱さを垣間見て、複雑な気持ちになることってあると思います。そういう思春期の一過程がうまく描かれているなと思います(深読みかもしれませんけれども)。
 お題に対しての取り組み方もクナリさんらしいですね。他の作品とかぶらないように、今回も工夫されているところも、うまさを感じました。

時空モノガタリK

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 高校二年のある春の日。
「そばアーマーでは、悪漢どもの攻撃を防げんな。だって柔らかいからな」
 父にそう言われて、ああこの人はおかしくなってしまったんだな、と私は静かに覚悟した。
 日曜日の昼下がりの居間。いつも通り銀縁メガネに七三分けの父は、茹で上がったそばを全身にくまなく巻きつけ、仁王立ちしてあさっての方向を睨んでいる。
 そばから湯気が立っているのが、無性に腹立たしい。
 母は買い物に出たらしく、今家には私と父しかいない。
 ため息をつきながら、私は台所の書類入れを開けた。
「む、どうした?」
「うん。お父さんのそういう状態は、どんな保険が適用されるのかを調べようと思って」
「お前何か勘違いしてないか。そばアーマーは装甲として柔すぎるから、せめて厚紙クラスの防御力は欲しい。お父さんの言っていること、間違っているか?」 
「そのセリフ吐いて間違ってなかった人の試しがないけど、とりあえずもう根本的にだめなんだなってことはよく分かった」
 父は、いつも私に優しかった。
 幼い頃、動物園で初めてキリンを見て、その巨大さにおののいていた私を肩車してくれた。
 あの父は、もういなくなってしまったのだろうか。
「お父さん、できればもうあんまり口ききたくないんだけど、そばア……それは、なんでおそばなの?」
 そばアーマーという単語を口に出すのは、人格的敗北のような気がした。
「うむ。そばはスーパーですぐ買えるし、ルチンが体にいいからな。健康的に防御力アップというわけだ」
 私の家の裏には林があったのだけど、危ないので立ち入るのは両親に禁止されていた。
 それでも、小四の頃にこっそり、探検に行ってみたことがある。案の定足を滑らせ、木立に側頭部をしたたかぶつけた。
 その衝撃で、その日、私の右耳はほぼ聞こえなくなってしまった。怒られるのが嫌で何食わぬ顔で家に帰ったけれど、受け答えの様子から、私の不調はすぐに父に気づかれた。
 父は私から事情を聞くと有無を言わさず車に乗せ、既に店じまいしていた近所の耳鼻科のドアを激しく叩いてお医者を呼びだし、何度も頭を下げて、私を治療してもらった。
 結果、大したケガではなくて、その日のうちに聴力は元に戻った。
 ひどく叱られるのだろうと怯えながら家に戻ったのだけど、父は今度は私に深々と頭を下げた。
 ――なぜ林が危ないのか、どのくらい危ないのかをちゃんと説明しなかったお父さんが悪い。ごめんな、怖かったろう、痛かったろう――
 私は泣きながら父に謝った。ごめんなさい、もうしません、だからお願い、頭を上げて。
 その父が、今、目の前でそばアーマーを装着している。
 あの父は、もうどこにもいないのかもしれない。諦めなくては。
「しかし、少し動くとすぐにそばが切れてしまうな。地面に落ちたのを拾うのが大変だ」
「……食べるの?」
 父は「さすがに馬鹿を言うな」と苦笑する。
 私は少し安心した。やっぱり父は、ギリギリ父だ。
「そのまま食べやしないぞ。ちゃんと洗うさ」
 私は小六の時、父と一度だけ、野球のナイトゲームを見に行ったことがある。中学生になれば父と過ごす時間も減るだろうし、今のうちに父の好きな所へ一緒に行っておこうと思ったのだ。
 悠々としたドーム球場の周りで、物珍しさから周りを見回していると、いきなり右手の甲に激痛が走った。
 見てみると、歩きタバコをしていた大学生の持っていたタバコの先端が、私の手に当たったのだった。
 相手はパンチパーマの長身で、七三メガネの父よりも強そうに見えた。私は大学生の見た目の迫力におびえ、文句を言えば逆に怒られるのではないかという恐怖から、立ちすくんだ。
 けれど、父はいきなり大学生の胸ぐらを掴み上げると、
「娘に謝れ!」
と叫んだ。気圧された大学生は慌てて私に謝り、そそくさと逃げて行った。
 優しい父のそんな姿を見たのは、初めてだった。
 その日から、それまで一日にマルボロを二箱空けていた父が、パッタリと禁煙した。
 それとこれとは関係ないんだから吸えばいいじゃん、といくら私が言っても父は「いいんだよ」と微笑むだけだった。
 その父は、もういない。
 そばアーマーを装着した姿を改めて見る。
 そして気づく。
 そばの下に、父は何も着ていないことに。

 お父さん――……!

 泣き崩れそうになった時、母が帰って来た。
そして母は、実は今朝錯乱系の毒キノコを食べてしまったのだという父に、買って来た解毒剤を飲ませると、手早く気絶させて布団に寝かせた。

 布団に散乱したそばは、その日の夕飯に、無事目覚めて復調した父が残らず食べた。
 私と母が意地悪く、
「おいしい?」
と聞くと、父は苦笑いして、
「家族で食えば大抵うまいさ」
と答えた。
 私は、子供のようにけらけら笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/06/08 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

防御力が限りなくゼロに近いそばアーマーは、優しすぎるお父さんの心の象徴であるような気がします。悲しいお話になりそうな所を、ぎりぎりのラインでコメディに。お父さんを手早く気絶させるお母さんの存在感が、何気なく凄かったです。

16/06/08 クナリ

冬垣ひなたさん>
ふ、深読みでありますッ!<そばアーマー
おかんは便利に話を絞めてくれました( ^^;)。
笑いというのはどう構成すればいいのか、毎回頭をひねりながら書いています。
感動にしろ笑いにしろ、人の心を動かす物語というのは難しいですね。
精進あるのみですね。

16/06/14 クナリ

海月漂さん>
緊張と緩和、という笑いの要諦を自分なりにアレンジしてみましたが、文章での表現は楽しくも難しいです。
お母さん的なキャラクタは話を締め括るのに凄く便りになるので(?)、重宝しますね(おい)。

16/06/17 あずみの白馬

拝読させていただきました。
果たしてどうなるのか!? このドキドキ感がたまりませんでした。
お父さん、お母さんともに強い個性を持った人物なのも良かったです。

16/06/17 クナリ

あずみの白馬さん>
世界の危機でもなければ命のピンチでなくとも、ドキドキハラハラはあり得るのだと言う……!(力説)
自分はよくストーリーを構成してからキャラクタの脳内探索に出かけるのですが、今回はキャラクタを造形したと言えるのか……ッ。
個人的に、悩ましい作品です(^^;)。

16/06/18 雨宮可縫花

とても楽しく読ませていただきました。
そばを巻きつけたお父さんの描写がリアルで面白かったです。
そのせいか、好きなはずのそばを食べたいと思わなくなって(褒め言葉です)しまいました。
悲壮感いっぱいの主人公、そして動じないお母さん。とても魅力的でした。

16/06/18 クナリ

雨宮可縫花さん>
ありがとうございます!
くっ、そばへの食欲を失わせてしまうとはなんたる愚行!
お父さんが最後に食べるそばをガツンと食レポするシーンを入れておけば……!(やめなさい)
自分はこれをコメディと思って書きましたが、キャラクタが上手く立っていたら嬉しいです!

16/06/22 犬飼根古太

クナリ様、拝読しました。

「そばアーマー」という不思議な着想をリアリティーのある描写で描かれているところが素晴らしいです。
一つ一つのエピソードも面白く、掌編としてのオチも良かったです。物語としての完成度も高いと思います。

16/06/23 クナリ

犬飼根古太さん>
話自体はめちゃめちゃなのですが、大真面目に展開させていくことで、読み手様に読む気が喚起されていればいいのですが( ^^;)。
こういう無茶な話はいつも終わらせ方で悩むんですが、楽しんでいただけていれば嬉しいです。
ありがとうございました!

16/07/01 泉 鳴巳

拝読致しました。
冒頭だけで「これはヤバいやつや(いい意味で)」と確信しました。
全裸に蕎麦を纏っている七三眼鏡の中年男性というシュールさがたまらないです。
“いっぱい笑えて、時々ホロリ”というコメディのお手本のような構成だと感じました。
是非参考にさせて頂きます!

16/07/03 クナリ

泉鳴巳さん>
ヤバいやつです(^^;)。
ばかばかしい状態の合間に良い話をはさむというのは、メリハリをつけておかしみを出すのと同時に、ある程度人物に感情移入してもらわねば成立しないタイプのコメディというものを作る場合、どんな方法があるだろう…と考えた上でのひとつの手法でもありました。
毎回頭をぐりぐりひねりながら書いては投稿しておりますが、何かの参考にでもなれば幸いでございます。

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