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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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あめのむらくもきみの声

16/06/03 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1393

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 サイトウ先生に、中学からの帰り道、声をかけられた日のことを思い出す。
 雨が降る中、田舎町の、田んぼの間のあぜ道で。
 気がつけばもう、半年近くも前のこと。



 三十一歳。
 サイトウ先生の正確な年齢を知ったのは、本人が失踪してからだった。
 先週、学区内で起きた、全国的に有名な殺人事件。
 先生はその重要参考人として、警察に探されている。正確には、追われている。
 ただ、先生が事件に関わっているという、明確は証拠はないらしい。
 焦った警察がどんなことをするか、そしてマスコミが「重要参考人」をどんな風に扱うか、私たちは少なくとも、知識としては知っている。後ろ暗いことがなくても、逃げなくてはならない時もあるということも。
 今まで生徒たちもほとんど知らなかったサイトウ先生の来歴は、聞きもしなくても目や耳に飛び込んで来た。
 どこまでが本当かも分からない情報が、無責任に羅列されていく。
 子供の頃からまずまず真面目だけど友達はあまり多くなく、情熱を燃やせる趣味もないまま、気がつけば何となく教師になっていた。古い言葉で言えば、デモシカ教師。そんな論調が大半を占め、先生本人と話したこともないコメンテータやライタが、サイトウ先生の人間像や価値観を勝手に創造していく。
 一体どこの誰の需要を満たすことで彼らの仕事が成立しているのか、分からない。
 職業に貴賤はないというのは、どうやら嘘だった。

 両親は先生が小学生の時に離婚しており、先生は母親に引き取られた。寮のある高校へ入学した直後、母親は再婚した。
 再婚相手には連れ子がいて、彼ら三人は親子仲良く暮らしていたという。先生だけを除いて。
 いつもどこか物寂しそうな、先生の横顔を思い出す。一見落ち着いた、その実、何かを諦めた迷子のような視線。
 あの表情は、その頃に形作られたのだろうか。
 中学校。絶え間なく賑やかだけれど、中身の生徒たちは毎年強制的に入れ替わり通り過ぎて行く、人生の通過点。それを職場に選んだのは、本当に何となくだったのだろうか。
 特別、尊敬などしていない。憧れているわけでもない。でも、先生のことを考えてしまう。
 私も結局、あの無責任な人々と大差ない。それが悲しい。
 何故?

 あの雨の日、下校途中にクラスの女子に傘を取り上げられ、田んぼの中に突き落とされた。
 女子たちが笑いながら去った後、泥まみれでミミズのように道端に転がった私を、車で通りかかったサイトウ先生が見つけた。
 先生は、自分の車が汚れるのも構わず、私を後部座席に乗せた。
 私が、どうか親には内緒にして欲しいと懇願すると、保健の先生にだけは事情を打ち明けることを条件に、秘密にしてくれた。女には女の味方が必要だ、と言っていた。
 学校のシャワーで体を洗うと、保健室で借りたシャツに着替えた。
 サイトウ先生と保健の先生が、保健室で温かいお茶を入れてくれた。
 何かあった時のためにと、二人と携帯電話の番号を交換した。
 
 まだマスコミの姿がちらつく中、私は下校した。
 あの人たちに、本当のことなんて何ひとつ伝えられるはずがない。
 今日も、雨が降っていた。
 今、どこで、どうしているのだろう。悪いことなんてしていないと分かってる。悔しさに唇を噛む。
 会いたい。
 あの静かな声を聞きたい。
 そうしたら、雨雲を切り裂くように、晴れ間が覗くはず。
 泣きそうになる。
 何度も、電話をかけてみようかと思った。でも、迷惑以外の何物でもないと思ってやめた。電源は切っているだろうし、もしかしたら携帯電話自体、捨ててしまっているかもしれない。
 マスコミの人が、「君、サイトウ先生から連絡とかないかなあ」と話しかけて来た。
 あるはずがないし、あっても教えたりしないけど。
 その時、私の携帯電話が鳴った。友達もろくにいない私には、珍し過ぎることだった。
 慌てて液晶画面を見る。公衆電話からだ。
 コールは、たった二回で切れた。私に、出る暇も与えず。
 誰。
 悪戯。間違い電話。その可能性の方が遥かに高い。
 けれど私は、勝手に確信した。
 特別、尊敬なんてしていない。憧れてもいない。はず。
 でも、涙が溢れた。
 何か勘違いしたマスコミが、アアごめんねと言いながら離れて行く。
 私にだって、本当のことなんて分からない。
 自分の気持ちさえ。
 私はどうして泣いている。
 無事なんですね。よかった。教えてくれてありがとうございます。そう、心配してたんですよ、もう。
 
 あぜ道で私を呼ぶ声が、何度も耳の奥でこだまする。
 傘を叩く雨粒の喧騒の中に、繰り返しあの声を探してしまう。
 だから、早く戻って来て。
 あなたの声を聞かせて。
 やむ気配もない、この雨音の隙間から。
 泣くのが好きなわけじゃないの。


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このストーリーに関するコメント

16/06/04 あずみの白馬

拝読させて頂きました。とてもせつないお話でしたね。

まわりのひとや報道機関は勝手なもの。そういう無情さが伝わって来ました。
それが雨の中、さらに増していくような感じがしました。

16/06/04 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

雨のような大多数の声には、先生のいい所はかき消されてしまう。こんな世間や学校といった枠組みの中で息が詰まるのは、生徒だけではないのでしょうね。
先生の声を彼女に聞かせてあげたい、そう思います。

16/06/05 クナリ

あずみの白馬さん>
当事者とそれ以外の距離感って、昔も今も難しいなと思います。
今はなんでもTwitterやSNSで拡散されてしまうといっても、一昔前なら新聞やテレビがどんなに適当な報道を展開しても一般人なら対抗手段がないわけで。
一応個人でも発信が可能な現代、でもできることにはやっぱり限りがあって、不備や行き違いを部外者に責められ出したらきりないし……と。
冷静さと良識というものについて、改めて意識しなくてはならないなと思います。

冬垣ひなたさん>
事件については何も触れないまま話が進行していますが(主人公に解りようがないので)、問題が起こったときの学校側といち教師との対立や孤立というのも考慮すべき点だと思っています。
組織と個人の間、また教師と生徒の間の信頼関係のあるなしで、同じような対応でも展開は全く違ってきますし。「この人(たち)に言っても無駄だな」という諦めを抱くのもむべなるかなと。
他の人にはわかってもらえない叫びの切なさみたいなものが書きたかったので、そう言っていただけて嬉しいです。

16/06/17 梨香

何かの事件に巻き込まれたサイトウ先生。それを待つ少女。
少女が知っているサイトウ先生は悪いことなどしなさそうですが、本当はどうなのか? ドキドキしながら読みました。
マスコミの暴力性が少女を虐める学生と重なります。

16/06/17 クナリ

梨香さん>
単純に加害者と被害者を書きたいわけではないのですが、状況がそういった場を作ってしまうことがあるのも事実で……書いていて嫌でしたね(^^;)。
本当のことなど何も分からない時、分かりやすく教えられた情報の怖さというものをよく感じます。
冷静でありたいなあ、と。。。

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