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鮎風 遊さん

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懐中時計 【 ブレゲ No.160 】

12/09/15 コンテスト(テーマ):【 時計 】 コメント:4件 鮎風 遊 閲覧数:4431

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「アナタ、この古くさい時計、どこかへ売っぱらってきてちょうだい!」
 リヴカは朝から機嫌が悪い。朝食のためテーブルについた夫のアブラハムに、懐中時計を差し出し、怒鳴りだす。
 アブラハムは妻がなぜ不機嫌なのかわかっている。だから素直に、「ああ、そうするよ」と答えた。

 1ヶ月ほど前のことだった。泥棒市場で、アブラハムはこの金の輝きを持つ時計を見つけた。手にするといかにも精巧に作られていて、値打ちがありそうだ。いくらか値切り買い取った。その後、後生大事にそれを持ち歩いている。
 そんな大切にしている時計、当然就寝時はベッドの横に置いておく。しかし、どうも寝付きが悪い。しかも横に寝ている妻までもが寝苦しそうだ。そしてその内に、二人とも悪夢を見るようになった。

 ある夜、リヴカが「うーう、うーう」と、寝汗をびっしょりとかき、うなされている。
「おいおい、リヴカ、どうしたんだ?」
 アブラハムはリヴカを揺り起こした。するとリヴカは泣きじゃくりながら言う。
「恐い夢だったわ。高くて暗い塔に閉じ込められていてね、ある日そこから引っ張り出されて、群衆の面前で処刑台に登らされたのよ。髪は短く切られてるし、両手は後ろで縛られてるのよ。それからだわ、大きなギロチンの刃が……ズドーンと落ちてきたのよ」
「それって、斬首(ざんしゅ)の刑に合ったということ?」
 これにリヴカは涙を零しながら、「私何も悪いことしてないのに、首を……」と深く頷いた。

 だが、アブラハムは不思議だった。なぜなら同じような夢で何度となくうなされている。しかし内容は少し違っていた。アブラハムの場合は当事者ではなく、オーディエンス側なのだ。

 民衆が見守る中、清楚な婦人が後ろ手に縛られ、断頭台のある壇上へと引っ張り上げられる。それを眺めていたアブラハムは、その懐中時計を握り締め、婦人に渡そうと駆け寄る。しかし、手渡す寸前に、頭上からギロチンの刃が落ちてきた。真っ赤な血しぶきが吹き上がる。広場では「共和国万歳!」と大歓声が上がる。そんな中で、アブラハム一人がその時計を握り締め、無念の涙を流してしまうのだ。

 こんな二人の夢は一体どういう意味を持つのだろうか? だが原因はアブラハムが買った懐中時計にありそうだ。時計そのものが何かに取り憑かれているようだ。気色悪い。
 今朝のリヴカからの叫び、「どこかへ売っぱらってきてちょうだい!」、これでアブラハムは手放すことを決心した。
 しかし、金と水晶で作られた年代もの、値打ちがありそうだ。アブラハムは美術館に持ち込んだ。

 そんな出来事から半年ほど経過した2007年11月11日、イスラエルの日刊紙は報じた。

 美術館に収蔵されていたブレゲ作の逸品、懐中時計【ブレゲ No.160】は1983年に盗難に合った。しかし、それは25年振りに発見され、美術館に戻ってきた。

 遡ること200年前、1789年7月14日、フランス革命が勃発した。そしてフランス王妃のマリー・アントワネットはタンプル塔に幽閉された。
 王妃はこのようになることを予知していたのだろう、世紀の名工・アブラアン・ルイ・ブレゲに、「お金はどれだけかかっても構わない。世界で一番の懐中時計を作ってほしい」と依頼した。それを受けてか、ブレゲは、例えば暗闇にあっても時刻を音で知るミニッツリピーター機能を開発した。
 こんな懐中時計、完成に40年の歳月を要した。そのためブレゲはそれをマリー・アントワネットに手渡すことはできなかった。また王妃はそれを手にするチャンスはなかった。
 懐中時計【ブレゲ No.160】、通称『マリー・アントワネット』は今回偶然にもここに戻ってきた。そして波乱な時代を超え、今も時を刻み続けている。

 こんな記事を読んだアブラハムとリヴカ、なぜあのようなギロチンの夢で毎晩うなされたのか腑に落ちた。
「ねえ、アブラハム、あの時計、お宝品だったんだね。値打ちはどれくらいのものなの?」
 リヴカがちょっと惜しいのか訊いてきた。
「ああ、桁外れの骨董品だよ。そうだなあ、ゴッホの絵より高いと言われてるよ」
「ふうん、そうなの」と、リヴカは未練がましい。
「なあリヴカ、もう良いんじゃないか。マリー・アントワネットとブレゲの夢で殺されるより益しだろ。さっ仕事に行くぞ」
「そうだね。今日もお仕事頑張ってきてちょうだい」
 リヴカはアブラハムにランチボックスを渡す。それに応えるようにアブラハムは、今は悪夢から解放され笑顔を取り戻した妻に「行ってきますキス」を軽くチュッと。

 そんな瞬間に、結婚した頃に買い揃えた掛け時計が……聞き慣れた音で、ボーン、ボーン、ボーン……と、
 七つ打った。

 二人の間に揺れたその響きは……まったく普段通りで、穏やかなものだった。


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このストーリーに関するコメント

12/09/20 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

何んとも不思議な懐中時計のお話。
マリー・アントワネットの逸話も出てきて、これホントですか?

最後は気持ち良い終わり方で良かったと思います。

12/09/23 そらの珊瑚

鮎風さん、拝読しました。

ブレゲの時計にまつわるまことしやかなお話が面白かったです。アンティーク時計ってなんだか逸話がありそうで、ちょっとコワイかも。

リヴカはマリーアントワネットの生まれ変わり、アブラハムはブレゲの。そんな風にも思えますね。

13/11/29 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

コメントありがとうございます。
マリー・アントワネットの逸話、ホントですよ。

13/11/29 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

コメントありがとうございます。

アンティーク時計、一つ一つに物語があるかも知れませんね。

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