1. トップページ
  2. テラリウム

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

テラリウム

16/05/31 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1332

この作品を評価する

彼女はいつもすみのテーブルに座っていた。そこは朝に僕がよくいく喫茶店だった。
壁のテレビが見やすいカウンターに着く僕から、テービルひとつはさんで彼女がいた。
彼女が誰で、どこからきているのか、むろんわかるはずがなかった。が、どうしてか妙に親近感をおぼえた。彼女のほうも、似たような気持ちにとらわれているのでは………。ときおり、目と目があったりすると、僕はその確信をふかめずにはおれなかった。
その日、店には客は、僕と彼女だけだった。すべては、彼女が僕を見て―――いや僕が彼女を見て、たぶん同時に顔を見合わせて、どちらからともなく微笑をうかべたのがはじまりだった。
「よく、出会うね」
「ほんとね」
それを皮切りにして二人は、まるでこれまでも親しい間柄であったかのようなうちとけた調子で話しはじめたのだった。
「部屋にこない」
その彼女の大胆ともとれる発言がとびだしたころには僕たちは、すっかり意気投合していた。
「あなたに見てもらいたいものがあるの」
彼女のアパートは喫茶店から歩いて十五分ぐらいのところにあった。周囲を木々にかこまれた古い二階建ての文化住宅で、玄関の郵便受けには転居ですでに不使用になっているものも少なくなかった。
ドアをあけ、彼女の後ろについて部屋に入った僕の目に、不思議なものが飛び込んできた。
細長い水槽のようなもののなかに、草木におおわれた地面が、またそのあいだをぬって流れるせせらぎが見えた。向こう側に連なるおだやかな山並みのかなたには、青い空がひろがっていた。
「あ、これ、あれだね―――」
僕はその名前を必死におもいだそうとした。なぜかお寺がイメージされ、そうだ、テラリウムだとようやくおもいだすことができた。ビンの中に、土や石をつめて、木や草花をしげらせ、自然の景観を凝縮してそこに再現するあれだ。
しかし、それにしても、いま僕がみているそれは、まるで本当にそこに現存しているかとみまがうほど、リアリティにとんでいた。いまの時代だから、たとえばCG画像を合成したり、ほかにもIT技術を駆使してここまで現実味をだしているのだろうか。感心しながら僕は、なおもまじまじと目を凝らした。すると、茂みのなかや幹の影などに、いくつもの生き物の姿が認められた。以前雑誌でみたテラリウムにもたしか、ミニチュアの鹿やキツネが添えられていた。だが、いまみるそれらの生き物は、どれもこれもが目をそむけたくなるほど醜い姿をしていて、美と静謐につつまれたあたりの自然のなかにあきらかに不協和音を奏でていた。
「いかがかしら」
「すごい。まるで本物の世界みたいじゃないか」
「本当の世界よ」
笑おうとした僕だったが、真顔の相手を見て、けっきよく声にはださなかった。
僕はもういちど、かぎられた空間のなかに詰め込まれた世界に顔をちかづけた。するとそのとき、繁みが、かすかにゆれうごいた。枝からちらほら、落ち葉が草地に舞い落ちて、ゆるやかな風の存在をおしえてくれた。
あの不快でおぞましい印象しかない生き物たちも、よくみると、わずかに動いているのがわかった。
「いっしょに、こない」
「え、どこに」
「この世界によ」
そのときの彼女の、甘く、誘うようなまなざしに、僕の心はつよくひきつけられた。だがそれは、彼女のいうような意味ではなかった。この部屋に二人きりになってからというもの、僕のなかでははげしい葛藤がさかまいていた。たえまなく彼女から発散される女の匂いに、僕の男としての肉体はもうどうしょうもないほど激しく燃え盛っていた。
気がついたら僕は、衝動のおもむくままに彼女に抱きついていた。狂暴な情欲にかりたてられ、必死に抵抗する彼女に、しゃにむに絡みついていった。
突然体からいっさいの重みが失せたような感覚にとらわれ、あっとおもったときには、僕はなにやらやわらかいもののうえにもんどりうってころがりおちていた。
ふらつく頭をふって、顔をあげると、地面をおおう草花と、空に繁みをひろげる木々が目に入った。ここがいままで部屋のなかからみていた、あの世界だとわかったとき、僕は無意識に彼女をさがした。すると、宙にぽっかりと、彼女の顔が浮かんでいるのが見えた。その顔にうかぶあらわな軽蔑感をしって、僕はうちひしがれて謝ろうとした。しかし声にならなかった。みると手足にはびっしりと剛毛が多い、いつのまにか僕は、周囲にうずくまっている連中とおなじような、醜い姿の生き物の仲間いりをしていたのだった。
彼女は憂いをこめたまなざしで、地面にはいつくばっている僕たちをながめた。
彼女がこの世界でいっしょに住める男性をもとめては、かなわなかったそれは証だった
やがてあたりに静かに雨がふりだした。
いまはひとりだけで、部屋のなかからこの世界をながめている彼女の、かなしみにうちひしがれた涙にちがいなかった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン