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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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【燃える雨】

16/05/30 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:1774

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 午前0時を過ぎて車で帰っていると、大雨の中を小学生の女の子が傘もささずに立っていた。
 道の真ん中で赤いランドセルを胸に抱いてずぶぬれになるのも構わず道を塞いでいる。
 急ブレーキをかけて止まった車から降りてきた男は、女の子に駆けより「大丈夫か」と、声をかけた。
「お家が燃えたの」と、女の子は目を赤くしながら呟いた。
「火事か、どこかで家が燃えているのか」
 男の問いに女の子は答えなかった。
このまま二人で雨に濡れているわけにはいかない。男は車を指さし助手席に乗るよう促した。女の子は黙って頷くとゆっくりとした動作で車に乗り込んだ。
 タオルなどないので、男は持っていたハンカチを渡すと、女の子は握りしめるだけで顔すら拭こうとはしなかった。
 見渡せる範囲で煙があがっている家も燃えている家も見つからなかった。消防車のサイレンも聞こえなければ、人々の騒ぎ声も聞こえてこない。ただ激しい雨音だけが夜に響いているだけだった。
「お家の人はどこなの。きっと心配しているよ」
 女の子は車の天井を指さした。上、空、雲の上、つまり昔火事で亡くなってしまったのか。ならこの子は親戚の家か施設から逃げ出してきたのかもしれない。男は胸が熱くなってくるのを抑えられなかった。
 このまま家に連れて帰ろうかと思ったが、連れて帰ってしまえば後で誘拐したと疑われかねないと思った。誘拐犯にはなりたくない。
「一緒に住んでいる人とか、学校の先生とか、お友達の連絡先とか知らないかな」
 男の問いに女の子は首を振るだけだった。
「じゃ、警察に…お巡りさんに相談してみようか」
 女の子はさらに激しく首を振った。
 この場にじっとしているわけにもいかない。濡れた服のままでいたら二人とも風邪をひいてしまう。
 男は意を決し女の子を家に連れて帰ることにした。
しかし車を動かそうとするがエンジンがかからない。何度キーを回してもエンジンは眠ったままだった。車検を終えたばかりなので故障するわけはないし、ガソリンだって満タンだった。男は途方に暮れて女の子を見たが、女の子は俯いたまま静かに泣いていた。
ヘッドライトの先はまっすぐな道が続いていた。三百メートルも行けばT字路になっているはずだか雨に霞んでみえなかった。道の右側は川が流れ、左側は空き地と潰れた金型工場と小高い山があった。住宅街からは離れていて、街灯の明かりも今日に限って消えていた。
いつの間にか一台の車が男の車の後ろに止まっていた。ヘッドライトもつけていない。
髪の長い女が傘もささずに車から降りて来ると、向かってきて窓をたたいた。女の髪は雨に濡れてぴったりと肩から腰にかけて貼りついている。
「子供を見つけてくれてありがとうございました」
 髪の長い女は濡れながら丁寧に頭をさげた。
「お母さんですか」
 男は後ろの座席から傘を取ると、急いで車を降りて女に傘をさしかけた。
 これで誘拐犯に間違われなくて済んだ、と男は安堵した。
「お母さんが迎えにきてくれたよ」
 開けたドアの隙間から声をかけると、女の子は驚いたように目を見開いていた。見開いた目からは大粒の涙がとめどなく流れていた。
その驚き方とは正反対なゆっくりとした動作でドアを開けて車の外にでると、女の子は車の後ろ側を通って母親に近づいていった。
「お母さんお家にいたんじゃなかったんだね。お家は焼けたよ。燃えちゃったよ。全部全部焼けてなくなっちゃった。お母さんも焼けたのかと思って、わたし…」
「そうだね、そうだね、みんな焼けちゃったね。せめて雨が降っていれば助かったかもしれないのにね」
 母親は肩を震わせながら女の子を抱きしめた。
 雨はより激しく落ちてきた。アスファルトの上は川のように水が溜まり、稲妻が空を真横に裂いていく。傘は破れそうなほどきしみ、冷たい雨がしだいに熱を帯びてきて、沸騰した湯のようになっていった。
 ヘッドライトの先の暗闇が真っ赤に染まったかと思った瞬間、燃えている家が現れた。二階建ての一軒家が炎に包まれ天に向かって火を噴きだしている。空は赤く、熱風が男を襲うが家が燃える音は聞こえない。激しい雨音だけが響いていた。
「さあ、お家に帰りましょう。お母さんと一緒に行きましょう」
 女の子の肩を抱きながら女は自分の車に戻っていった。後部座席に女の子を乗せると、女は男に向かって深く頭を下げた。そして運転席に乗り込んでハンドルを握った。女の車はライトをつけることもなく走りだした。男の車を通りぬけてまっすぐに燃える家のなかに進んでいった。
 燃える家に入った途端、女の車も燃える家も消えた。そして雨も止んでいた。
 アスファルトは乾いていて、空には雲ひとつなかった。三日月と無数の星が空一面を照らしていた。
 男は濡れた傘をたたんで、車に乗り込んだ。


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