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夜行佳幽さん

どうも夜行佳幽です。鬱屈とした美しい世界が好きな社会人ですよろしくどーぞ。

性別 女性
将来の夢 自分の才能で食べていきたい。
座右の銘 孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。

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待ちぼうけ

16/05/29 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:1件 夜行佳幽 閲覧数:1258

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 庭に面した廊下に座し、私はただぼんやりと、どこかを見ていた。
 天から舞い降りるのか、見えぬ風に乗っているのかわからぬ細かな雨が、私の目を覆っている。
 白い空気を眺めれば、いつの間にか私は空を見ている。
 触れられるようで、触れられぬ。愛しいようで、虚しいようで。霧雨とはまことに不思議な雨だと想いながら、諾々と時間が過ぎるのを待っていた。

 ふわりと空にかかる暖簾ような雨の向こうを、私はじっとりと眺めている。
 真っ白な世界をのんびりと見つめている。

「まだか…」

 呟く声は、濡れて落ちて流れていく。
 そうする間に、色んなことを思い出すのだから、たまらない。
 あれは何だったか。それはどうしたか。あいつは、どうするんだったか。
 話し相手もいないから、ただ、こうして、座っているしかできないのが、なんとも虚しい。

 犬の一匹でもいたら違ったかもしれないが、することもなく、雨を眺めて過ごすのみというのは、色々考えさせられていけない。

「まだかねぇ…」

 小さくも確かに私の気持ちを含んだ呟きは、静かな雨の音の中に溶け込んでいく。
 鬱屈とした寂しさと、想い巡らせる様々な記憶とを交互に思い浮かべるだけの時間が過ぎていく。

 何だか、ひどく穏やかな心地の中に、ぽっかりと穴があるような気持ちだった。
 あれやこれや考えすぎて、想いだけが膨らんでいく。

 こんな想いを、いつもしてたんだろうか。こんな、寂しい想いをしてるんだろか。


 私がただぼんやりと外を眺めて、どれくらいが経っただろうか。
 ぽつんとその時、女の影が見えた気がした。

 坂を上って、徐々にその姿が大きくなる。

 真っ白な浴衣を羽織り、霧の向こうに立つ女。真っ赤に色づく傘が一つ、その細い指に握られているようだ。

 地面に、水たまりができている。
 空気が、しっとりと濡れている。


 嗚呼、と思わず吐息が漏れる。


 カランと鳴る下駄の音が、私の目ををそちらに導いている。細かい霧雨の靄の向こうに、浴衣の鮮やかな紫陽花の模様が、色となって私の目玉に飛び込んでくる。

 薄ぼんやりとした白い世界に、見事に咲いた大輪の……。

 庭と外を区切る柵が、彼女と私を隔てている。今年の春に拵えたばかりの、青竹の香りがまだほんのりとするそれが、世界を分かつように彼女を遠ざけている。そうして、手入れもせぬ苔むした庭木が、全てを呑み込むように雨の滴る音を奏でる。

 ぴちょんと葉を伝う滴が、池の鯉を脅かしている。

 私は逸る気持ちを押さえつけ、胡坐をそっと解き、開け放っていた障子を支えに立ちあがった。そのまま庭に足を下ろし、湿った下駄に手を伸ばす。しっとりとした露が肌に触れ、何とも涼やかな心地だった。
 腕を伸ばしてようやく掴んだそれを履き、傍らの傘を差す。
 片腕は懐に入れ、カランコロンと下駄を鳴らして、見事なまでの苔を踏んで歩く。

 今年も、暑くなりそうだと、そんなことを思った。

 女は、歩き迫る私を待つように立ち尽くしていた。
 徐々に迫る女の姿は、相変わらず霧の暖簾に見え隠れしている。

「よう…」

 そう声をかけると、女は少し笑うようだ。

「あら、旦那さんが出迎えてくれるだなんて珍しい」

 いつもは顔すら向けてくれやしないのに、そんなことを言って、彼女はころころと笑った。そうして、やーね、着物がほんのり濡れてるじゃないのと、おかしそうにまた笑う。

 鈴が鳴くような声で、くすくすと彼女はさもおかしそうに笑んだ。そんな姿に、私はようやく近くに温もりを感じて、音を食らっていた雨が途端に愛しくなってくるような心地さえした。

「ずーっとそこに座ってたんじゃないだろうね?」
「ずーっとそこに、座ってたのさ」

 そんならついてくりゃいいのにと、本当におかしそうに、しかしどこか嬉しそうに笑う。
 私はそんな、私をからかうような妻の顔を見下ろしながら、だって…と呟く。

「だって、雨なんだもの」

 雨の中、買い物に行く気にはなれぬじゃないか。

「でも、悪くはなかった」
「何が?」
「待つのも、悪くはなかったよ」
「あら珍しい」
「本当さ」

 雨でも降らなきゃ、一人になんてならなかったんだから。


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このストーリーに関するコメント

16/05/30 ゆきどけのはる

昔の男女を思わせる、見ていて爽快感が得られる文章でした。雨に対する様々な表現が見ていて勉強になりました!.。゚+.(・∀・)゚+.゚

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