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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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雷、とどろきて

16/05/29 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1077

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キリクは肌に、細かな雨粒がまつわりつくのを感じた。
やがて、パラパラと音をたててふりだした雨を彼は、ひろげた両腕でうけとめた。
まわりでも何人もが、彼同様、心で雨を感じていた。すぐ横ではミスキが、ジッパーをあけて、もろにさらけだした豊かな胸に雨のシャワーを浴びている。
前ではワクトが、ピシッという独特の息音を発して、みんなを現実の世界に引きもどした
誰もがまさに、夢からさめたように、ぼんやりとその場にたたずんでいた。ここは、R5惑星に設置された基地内のホールだった。周囲はひからびた大地がどこまでも拡がる荒涼とした世界で、1年の間一滴も雨の降らない荒野だということを嫌でも思いだすまでのあいだ、彼らはまだ雨の名残にしがみついていた。
なかでもミスキはとくにその傾向がつよく、いまなおむきだしの胸を被うことさえ忘れていた。ワクトが、そんな彼女の前にたった。彼の、刺すような鋭いまなざしが、彼女の肌の上を無遠慮にはいまわるのをみて、キリクは露骨に不快感をあらわした。
心理学者の肩書をもち、この基地で暮らす調査隊員たちの心のバランスを保つためにワクトがしたことは、1週間に一度、みんなを集めて、この星には存在しない雨を、その体に感じさせることだった。
貴重な地下資源の調査を目的に長期間、この惑星に留まるかれらの欲するものがなにかを事前にアンケートした結果、それは雨に触れたいというものだった。定期的に訪れる給水専用船によって水には不自由しないものの、連日カラカラの地面と格闘する調査隊員たちにとって、しっとりと大地を潤す雨ほど、魅力にみちものはなかったのにちがいない。
暗示によってリアルに雨を感じさせるには、かれらの心理をちょっといじるだけで十分だった。ワクトはまた催眠療法の権威でもあった。限られた基地内で生活する隊員たちにとって、暗示による雨の効果は絶大で、心は癒され、ストレスは目にみえて軽減した。キリクとミスキのあいだに、いつしか恋愛感情がめばえたのも、そのような事情が後押しているのはまちがいなかった。
「もう、やめないか」
キリクは、ロビーのソファにミスキを座らせて、いった。
「やめるって、なにを」
「雨のシャワーさ」
「どうして」
「ワクトのきみをみる目付が気にいらない」
「やきもち」
「そんなんじゃないよ」
キリクは、もどかしそうに顔をしかめた。ワクトが彼女に狙いをつけているのはまちがいないのだ。
「ミキ、ぼくたち、結婚しようよ」
基地での結婚は認められていた。げんに既婚者は複数いて、ここで生まれた子供たちもいた。そして、恋愛もまた自由で、ワクトがその立場を利用して、表ざたになってないもののこれまで何人もの女性と関係をもったという噂を、キリクは耳にしていた。だから、はやいところ、手を打つ必要があるのだ。
「私もそれはのぞんでいたの」
「ほんとかい」
「あなたがやめろというなら、ワクトの集いもでないわ。でも、お願い、あと一度だけ、おもうぞんぶん雨に打たせて」
彼女のたっての願いを、どうしてキリクに拒むことができただろう。
その集いのあった日は、キリクは外での定点観測のためホールに足をむけることはなかった。そして午後、ひとりで集会にでたミスキと顔をあわせた彼は、彼女の奇妙によそよそしい態度をまのあたりにした。
「結婚の話は、なかったことにしてちょうだい」
わけを説明しろといくらつめよっても、ただおなじことばかりを繰り返す彼女に業を煮やした彼は、直観のおもむくまま、ワクトのところにむかった。
キリクはワクトの部屋で彼とむかいあうと、噛みつくような口調で、
「彼女になにかふきこみましたね。得意の暗示で」
「彼女は、私を愛しているといったよ」
「僕と結婚を誓った彼女が、そんなことをいうはずがない」
気色ばむキリクの肩に、心理学者は優しく手をあてがった。
「落ち着きたまえ。ゆっくり呼吸をするんだ。ひとつ、ふたつ、みっつ、さあ、ながく息をついて……」
キルクは無視しょうとしたが、そうすればするほど相手の言葉が心に強く染み入ってくるのをどうすることもできなかった。
「霧が、静かにきみの足にまといついてくる………やがて、ひんやりした風が頬をなでつけ―――」
しとしとと雨がふりだした。キリクは、自分でもふしぎなぐらい、速やかにワクトの言葉に従って雨を感じている自分を意識した。それはいつもにまして心地よい感触を伴っていた。
突然、ワクトの声が鋭さをました。
「空に黒々とした雲がわきだし、唸りをたててふきはじめた風に繁みがなびき、やがて激しさをました雨のなかに稲光が閃いたと思うと、轟音とともにきみの頭上に雷が襲いかかった」
キリクはたまらず床のうえにはじきとばされた。落雷によって黒く焼け爛れたその体から、白い煙がたちのぼった。




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