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伊崎さん

伊崎です。ファンタジーに恋愛を織りまぜた作品をよく執筆してます。姉弟、兄妹ものが好きです。よろしくお願いします。

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雨は君の中

16/05/27 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:1件 伊崎 閲覧数:1348

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「どうして傘なんて差してるの?」
「雨が降っているから」

 彼女はそう答えて、くるくると傘を回した。その動きは無邪気な子供のようで、とても愛らしい。だが僕は彼女の肩を掴んで、首を横に振った。

「もう、やめよう」
「___何を」
「わかっているんでしょ、W雨なんて降ってないW」

 もう何度目かになる僕のその言葉に、彼女はいつもこうして震えだす。その悲痛な姿に僕はいつも怖じけづいて、一緒に傘を差してしまうのだ。だが、それももう終わりにする。
 意思表示のように僕は手に持っていた傘を地面に投げ捨てた。音を立てて骨組みが壊れ、バラバラになったそれを踏みつけた僕を見て、彼女は目を見開いた。

「目を覚まして、周りを見て。お願いだ、僕を見てよ」
「…降ってるよ。雨は、降ってるもん」
「降ってない」

 彼女の手は、一層強く傘を握った。その彼女の瞳には映っているのだ。ざあざあと降り注ぐ雨粒が。彼女は嘘なんて吐いていない。僕はそれを知っている、知っているからこそ、苦しくて堪らない。
 いつまで彼女は、この雨に囚われなければいけないのだろう。

「降ってるもん」

 知ってるよ。でも、降ってないんだ。

「こんなに、冷たいのに」

 そうだね。冷たくて、凍えそうだ。

「雨が、やまないの」

 そう、涙を浮かべて彼女は言う。傘を抱き締めながら、嗚咽を漏らす。
 彼女の時間は、あの雨の日以来止まったままだ。傘を忘れ、雨の中を走っていた二年前からずっと、彼女に降り注ぐ雨はやまない。傘を差しても尚、やむことはない。

「君を待っている人がいるんだよ」

 晴れた空の下で、彼女を待っている人がいるはずだから、だからどうかその温もりを感じてほしい。

「大丈夫だよ、きっと晴れるさ」

 彼女は僕の言葉を、唇を噛み締めて聞いている。
 もう十分だ。元からこの子には、何の罪もないのだから。

「この雨を、もう止めよう」
「やだよぅ、やだあああッ…」

 駄々をこねる子供のように泣きじゃくる彼女は、あの時と変わらず、寂しそうに声を上げる。その手から傘が滑り落ち、力が抜けたように膝から崩れ落ちた彼女に僕はあの時言った言葉を繰り返す。

「傘を差さないと濡れてしまうよ」
「…私のせいで、お兄ちゃんが」

 彼女もあの日と同じ言葉をぽつり、と呟く。

「私が傘を忘れなければ、お兄ちゃんが事故に遭うことはなかったの。全部、全部、私のせい」

 彼女は何も悪くない。ぬかるんだ坂道を歩いていた、彼女の兄がうっかりしていただけなのだ。そして、転げ落ちた先の道路を走っていた車の運転手だって、責められる必要はない。
 彼女は兄が坂から落ちるところも、車に轢かれるところも、全てを目撃してしまった。自分に届けようとした傘を抱き締めて、動かなくなった兄の姿を。
 彼女は兄を助けようと雨の中を、走って走って走って。それでも雨はやまなくて。傘を差しても、彼女に降り注ぐ雨は晴れなかった。

「君は走った。雨の中、傘も差さず走って、助けようとしてくれた」

 泣きじゃくる彼女を、抱き締める。あの時はこうしてあげることが出来なかったけれど、今なら出来るから。

「ごめん」
「っう」
「ごめんよ」
「…っあ」
「あの時も、そして今も。泣かせてごめん」

 そう呟いた僕の背に腕を回して、彼女は僕を抱き締め返した。精一杯の温もりを僕に与えながら、嗚咽を堪える。

「君は、優しくて可愛い、僕の自慢の妹だよ」
「___お兄、ちゃん」
「今まで僕の為に、傘を差してくれてありがとう。おかげで僕は濡れずに済んだ。だから今度は僕の番」

 落ちたままだった彼女の傘を拾い、僕はそれを肩に乗せる。そんな僕を見て、彼女は笑った。その瞳に、やまない雨はもう二度と映らないだろう。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 彼女の為に、今日から僕が傘を差す。
 もうこの子が冷たい雨に打たれてしまわないように。
 悲しみ、叫び、もがくことがないように。
 晴れた空を見ることが出来るように___そう祈りながら。



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このストーリーに関するコメント

16/06/03 冬垣ひなた

伊崎さん、拝読しました。

優しい兄妹の思い合う心が、胸に響きました。
過去のことは消せないけれど、未来を向いて歩くことならできる。晴れた空の下で二人が笑いあえる日が来ることを祈っています。

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