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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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剣闘士

12/09/12 コンテスト(テーマ):第十三回 時空モノガタリ文学賞【 格闘技 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:5022

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 古代ルピーナ帝国において、皇帝は「パンとサーカス」と呼ばれる政策に力を注いだといわれる。その両輪がうまく回っていれば、市民は大人しいのである。
 パンは飢えさせないこと。重税など課そうものなら、市民の反乱が起き、政権が倒される。サーカスは娯楽である。コロッセウム(円形闘技場)で開かれる剣闘士の命を賭けての試合は市民にとって何よりの娯楽であった。

 強い剣闘士は市民のアイドルのような存在で、中でもガルシアは随一の花形剣闘士であった。ガルシアが出る試合は、いつも満員の盛況ぶりだった。

「いい気なもんさ。人は自分さえ安全地帯に置けば、血なまぐさいことが大好きな野蛮な生き物なんだ」ガルシアは奴隷だった。もとは小国の豪族のせがれであったが、十二才の時、ルピーナ帝国との戦いに敗れて、父は戦死、弟共々奴隷市場に売られた。
 そこで剣闘の興行師に買われた。共に売られていたまだ八才の弟とはそこで別れた。必死に涙をこらえ、腕にしがみついてくる弟にガルシアは言った。
「兄は負けぬ。おまえも負けるな」と。剣闘士になるという過酷な運命を受け入れたあの時から、涙という温かい水を忘れて生きてきたガルシアだったが、あたかもそこが唯一の弱点に思えてくるほど生身で柔らかな思い出。弟のことは、忘れたフリで過ごしてきたのだった。

 それから剣闘士の鍛練所で寝起きするようになってから八年間、一度も厳しい訓練から根を上げることはなかった。
 訓練の日々は嘘をつかない。鍛え上げられたしなやかな筋肉はまるで天に昇る龍のように盛り上がり、その眼差しは獲物を瞬時に捉える天性のハンターのようだった。身体はそう大きくはならなかったが、それを補って有り余るほどの身体能力の高さがあった。
 ──殺らなければ、殺られる。毎日が死と隣り合わせの緊張の連続だった。その糸がぷっつりと切れるのは今日かもしれない。明日かもしれない、と思いながら。

 ある日、興行師が少年をガルシアのもとに連れてきた。
「名はサーガだ。鍛えて、モノにしてやってくれ」
 見ればガルシアがここに連れてこられた時と同じようなあどけなさの残る年齢だった。ある程度剣闘士として実績をあげると、給金も出るし、こうした買われたばかりの奴隷の教育を任されることがある。運良く生き延びて、金が貯まれば、ルピーナ帝国の市民権を買うことも可能だった。
 しかし一ヶ月もするとサーガに剣闘士の資質がないことは明らかになった。
 ──心根が優し過ぎる。あれじゃ、小さな虫一匹だって殺せやしない。殺すということに、いつまでたっても慣れない人種が存在する。いくら身体を鍛えても、そういう人種は早いうちに試合に敗れ、消えていく運命だ。
 なんとなく別れた弟を思い出させるサーガをそんなふうに使い捨てのモノのようにはさせたくなかった。
 そんな時相談したのは、鍛錬所に出入りしている商人のサヴィーナだった。彼女は安全上、老婆を装ってはいるが、年はまだガルシアとそう変わらないだろう。やり手の商人だったが、取引において嘘はつかないのが身上。ガルシアは彼女とある取引をした。
 
 翌日はガルシアとライオンが闘う試合だった。
 ライオンは何週間も絶食させられていて、飢えていた。ガルシアを恰好の獲物として飛びかかってくる。野生の咆哮。尖い牙が陽光にきらめく。しかし驚異の跳躍力で、その攻撃をすれすれでかわし、背中にとびつき、羽交い絞めするように急所である首の動脈を剣で切った。景気良く血が飛沫を上げる。観客は親指を下へ向けて突き出して「仕留めろ! 仕留めろ!」とシュプレヒコールを上げる。それに答えるように瀕死のライオンの背中にガルシアは剣を突き立てた。
   
 試合がはけて、闘技場の一台の馬車が横付けされた。ライオンを引き取りに来た毛皮業者のものだった。待っていたように、ライオンのふところにサーガがすっぽりと隠れる。まだ生温かいそして血の匂いの充満する狭い空間の中で、いつしかサーガは眠ってしまった。その後、難なくルピーナ帝国の城壁警備をくぐりぬけ、晴れて自由の身となった。
    ◇
 やれやれ、これで清々した。サーガは俺の唯一のウイークポイントを思い出させやがる。その代わり、また一文無しになっちまった。サヴィーナの奴、ふっかけやがって。まあ、あいつの事だから、サーガを安全な所へ逃がしてくれるだろうさ。

 ガルシアは親指を空に突き立てた。剣闘士の試合で両者が死闘を繰り広げ、なかなか決着がつかない時がある。もうこれでいいだろう、と観客が判断する時に親指を上にする。『生きろ』という意味を込めて。
 それは生き別れた弟とサーガ、そして自分自身に向けてのエールだった。



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このストーリーに関するコメント

12/09/12 ドーナツ

スパルタカスのカーク・ダグラス思い出しました。ガルシャはカーク・ダグラスよりもう少し少年ぽいイメージかな。

この時代と剣闘士、すごくマッチしてて、場面が浮かびます。

血なまぐさいものを見たいというのは人間心理は いつの時代も変わらないなぁと、そんなことも考えました。

面白いのは、サヴィーナ、最後に物を言うのはやっぱりお金ですね。



12/09/13 草愛やし美

そらの珊瑚さん拝読しました。
2000文字という短い文なのに読み応えのある内容に感心しました。作品に引き込まれ興奮して読み進みました。この時代の知識がないので凄く興味ある内容で面白かったです。

12/09/13 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

古代ローマ風のお話、大昔観たベンハーとか、ふと思い出しました。
短い文章の中でこれだけの時代背景とエピソードを入れるのには
作家の力量が要ると思います。

いやはや、お見事なお手並みに拍手喝さいです!

大変、興味深く読ませて頂きました。

12/09/13 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

スパルタカスは観た事ないのですが、グラディエーターは観ました。
映画もテレビもなかった時代、剣闘は最大の娯楽だったのかもしれません。

サヴィーナに注目して下さって嬉しいです。字数の関係で書けませんでしたが、信じられるものはお金だけというポリシーの美女なんです。

12/09/13 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。
必ずしも史実に基づくものではないので、ルピーナ帝国という架空の国を舞台としました。
楽しんでいただけて嬉しいです。

12/09/13 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。
「ローマ人の物語」(塩野七海・著)という本が好きで、古代ローマの生活はそこから得た情報をもとにしています。「パンとサーカス」という言葉もその本で知りました。
大長編なので、15年ほど読み続けてますが、まだ読み終わりません。生きているうちになんとか読み終わりたいのですが(笑い)

12/09/13 メラ

珊瑚さんお久しぶりです。短い紙面なのに、読み応えがありました。スピード感があり、短編らしく、骨格を描きつつも、様々な外部を起想させる、いいストーリーだと思いました。

12/09/14 鮎風 遊

限られた文字数ですが、いい話しですね。

面白かったです。

12/09/23 そらの珊瑚

メラさん、ありがとうございました。
2000字というのは、みなさん同じようにご苦労されていらっしゃるかと思います。難しいですね。

12/09/23 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

面白いといっていただけて、嬉しいです。また頑張ります。

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