1. トップページ
  2. 傘で空を飛ぶ

Fujikiさん

第90回時空モノガタリ文学賞【祭り】入賞          第92回時空モノガタリ文学賞【沖縄】入賞          第94回時空モノガタリ文学賞【曖昧】最終選考        第95回時空モノガタリ文学賞【秘宝】最終選考        第96回時空モノガタリ文学賞【奇人】最終選考         2015年大阪ショートショート大賞【行列】佳作         第99回時空モノガタリ文学賞【失恋】最終選考         第105回時空モノガタリ文学賞【水族館】最終選考        第110回時空モノガタリ文学賞【雨】最終選考          第112回時空モノガタリ文学賞【弁当】入賞         第114回時空モノガタリ文学賞【パピプペポ】最終選考      第117回時空モノガタリ文学賞【本屋】最終選考         第118回時空モノガタリ文学賞【タイムスリップ】最終選考   第120回時空モノガタリ文学賞【平和】入賞           第126回時空モノガタリ文学賞【304号室】入賞       第127回時空モノガタリ文学賞【新宿】最終選考   第137回時空モノガタリ文学賞【海】入賞          第155回時空モノガタリ文学賞【ゴミ】最終選考   NovelJam 2018秋 藤井太洋賞受賞              にふぇーでーびる!                                                                                                                                    ■ 2018年5月、電子書籍『フィフティ・イージー・ピーセス』を刊行しました。時空モノガタリ投稿作に加筆・修正したものを中心に原稿用紙5、6枚程度の掌編小説を50作集めた作品集です。かなり頑張りました! Amazonで売っています。http://amzn.asia/c4AlN2k                                                                                                                       ■ 2018年11月、電子書籍『川の先へ雲は流れ』を刊行しました。NovelJam 2018秋 藤井太洋賞を受賞した表題作のほか6編収録! BCCKSほか各種オンライン書店にて販売中! https://bccks.jp/bcck/156976

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

傘で空を飛ぶ

16/05/23 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:1662

この作品を評価する

 台風八号の強風は絶好の機会である。放課後、次第に勢いを増していく風雨から逃げるように他の生徒が下校していく中、翔吾はクラスメイトの博文と運動場の朝礼台に立っていた。二人の手には雨傘が握られている。翔吾がこの日のために用意した傘は六八〇円のセール品だったが、おろしたてである。
 風の強い日に傘で空を飛ぶ実験をするつもりだとおそるおそる打ち明けた時、博文は二つ返事で一緒にやろうと言ってくれた。空を飛ぶことが小さい頃からの夢だった翔吾にとって、理解を示してくれる人間がいたことは嬉しかった。頭の中で考えていることを他人に話すと「中学生にもなって」や「馬鹿じゃないの?」といった反応が返ってくるのが普通だったからだ。いわゆる普通の中学生がどういうことを考えているのか、翔吾には常に謎だった。
 朝礼台の上で二人は風に乗る機会を待っていた。雨粒がパラパラと顔に当たる。ひときわ強い風が吹いてきた時、翔吾は博文に叫んだ。
「行くよ。せーの!」
 翔吾は台を蹴って宙に飛び出した。風の流れに遅れまいと傘を振り回す。だが、激しくしぶきを立ててぬかるんだ運動場に着地。しかも足を滑らせて尻もちをついた。制服のズボンはずぶ濡れ、白い夏服のシャツにも赤土の泥が飛び散った。翔吾は地面に指を食いこませ、冷たい泥の感触を楽しんだ。
 ふと我に返ると、隣に博文がいないことに翔吾は気がついた。成功したか――翔吾は空を仰いで周囲を見渡した。首をかしげて背後に目をやり、ようやく博文がまだ朝礼台の上に立っていることに気づいた。にやにや笑いを口元に浮かべながら、携帯電話のカメラを翔吾に向けている。
「ガチで飛ぶなんて、まじウケるし。ほら目線ください、はいチーズ!」
 裏切られたような気がして、翔吾は顔が火照り、涙が勝手に溢れてきた。博文は携帯を持った手を翔吾の頭上にかざして執拗に泣き顔を撮り続けた。
 翔吾は飛び上がって博文の足首をつかみ、力まかせに引っ張った。足をすくわれた格好になった博文はひっくり返って頭を打ち、地面に転げ落ちた。ぽかんと翔吾を見上げる表情は、何が起こったか把握していない様子である。朝礼台の角で切れた彼の額から血が伝い落ちた。
 耳を潰すようなサイレンの音と共に救急車が来て博文を連れて行った。救急車に乗ったことがない翔吾は、正直なところ少し羨ましかった。博文が中の様子を撮影したかもしれないのでLINEをチェックしようと思ったが、彼が地面に落ちた自分の写真も撮っていたことを翔吾は思い出した。おそらく今頃は泥まみれの姿をクラス全員が目にしていることだろう。
 ほどなくして、母さんがパート先の焼肉店の制服のままでやって来た。翔吾の顔を拭うハンカチに焼肉の臭いがついている。先生は、母さんと二人で話すから進路指導室で待っているようにと翔吾に言った。雨足は先ほどより強まり、薄暗い部屋の窓の外ではデイゴの木の枝が手招きするように大きく揺れている。そろそろ暴風警報が出る頃であろう。
 隣の職員室から母さんの興奮した声が聞こえてきた。
「なんで、いきなりそういう話になるんですか!?」
「いじめってわけじゃないですけど、翔吾くんはクラスの中でも頻繁にからかいの的になってますし、普通学級での支援はもう限界かと」
「そんなの、からかう側を指導すべきでしょう? 翔吾は知能に問題があるわけじゃないんですよ。勉強にだってちゃんとついていってるし」
「でもね、お母さん。今回のようなことがあった以上、他の保護者の方々も心配なさいますから」
「そんなこと言っても、まず当人たちに事情を聞くのが先じゃ……」
 母さんが金切り声を出している時は近づかないのが一番だ。進路指導室を静かに出ると、誰もいない廊下に外の風の音が反響していた。玄関の傘立てには、木製の柄の部分に真鍮をあしらった長い傘が立てかけてある。教頭先生の持ち物である。六八〇円の傘では失敗したが、これならいけるかもしれない。翔吾は高級感のある傘を手に取って外に出た。
 教頭先生の傘は、開くと厚い生地が丸屋根のように広がった。横風を傘の中に取り込むように軽く振ると、翔吾はふわりと空中に舞い上がった。円を描くように舞いながら、傘に引っ張られて上昇していく。母さんに自慢しようと下を向いたが、中学校の玄関は既に小さな点でしかなかった。
 傘の柄に両手でしがみついていた翔吾は、そっと片手を放して降り注ぐ雨滴を全身で受け止めた。大粒の雨はリズムを奏でて傘を叩き、翔吾の制服から泥を洗い落とした。気がつけば建物の密集した市街地は遠ざかり、眼下に広がるのは風にあおられて白く波立つ海ばかりである。台風で群れからはぐれたのか、クジラが一頭だけ水面に顔を出しているのが小さく見えた。教頭先生の傘なしでもどこまでも飛べるような気がして、翔吾はそっと柄から手を放した。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/05/29 クナリ

どうにも無邪気な主人公とは裏腹に、切ない悲しみが積もっていき、ラストでピークになりますね……。

16/05/30 Fujiki

コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、今回は悲しみを五月雨式に畳みかけています(と、強引にテーマの「雨」に絡めてみる...)。

それから、ご著書の出版おめでとうございます! クナリさんのご活躍を見ていると、私ももっといい文章や面白い話を書けるように頑張らなきゃ、という気になります。

16/07/08 光石七

拝読しました。
私も小学生の頃、傘で空を飛べるんじゃないかと夢見ていました。風の強い日にこっそり試しましたね。
主人公の置かれている状況が明らかになってくるにつれ、胸が痛くなりました。主人公の純真さ・幼さ(語弊がある言い方かもしれませんが)が余計に切なさを際立たせていると思います。
ラストに出てくるクジラも象徴的ですね。
素晴らしかったです!

16/07/08 Fujiki

光石さんも傘飛びっ子だったんですね! 私はこの話の主人公と同じようにクラスの友人と一緒に飛ぶことになり、自分だけ飛んで泥まみれになりました(といっても喧嘩にはならず、とりあえず友人の馬鹿笑いに調子を合わせて作り笑いをして、後で虚しい気持ちになっただけですが)。「雨」というテーマには人それぞれ思い入れがあるのか、今回はたくさん作品が集まりましたね。最終選考に残れてとりわけ嬉しいです。

ログイン