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守谷一郎さん

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目的地まであと10分

16/05/14 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 守谷一郎 閲覧数:936

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時計台へ続く長い上り坂の途中、石畳の上で、次の一歩が踏み出せない。
私はもう何度目かの思考を繰り返す。
こうなったのはどうしてか。一体どうするべきなのか。
いくら考えてみても、この状況を打破する時間がいくらも足りない。しかしそれでも、考えずにはいられない。
意味ないことだとわかっていながら、坂の下で偶々寄った時計屋での光景が反芻される。

そうだ、文句を言ってやらなきゃならない。
イタリアのさる有名な時計台へ至る坂道の手前で、愛用していた左腕の時計が故障しているのに気がついた。秒針がうわ言を繰り返すように3と4の間を行ったり来たり。どうやらネジがイカれてしまったらしい。

時計台が見えるうちはいいが、この先の旅の予定を考えると、どうにか新しい時計を手に入れておきたい。そう悩んでいると都合よく目と鼻の先に時計屋があった。
これが神の巡り合わせかと勇んで入る。多少高くても不恰好でも、時計としての機能を果たしてくれるならそれでよかった。

私が店に入ると、頬杖をついていた若い青年が、飼い主に気づいた忠犬よろしく勢いよく体を起こし、嬉しそうに「いらっしゃい」と言った。
「新しい時計を探しているんだが。今のやつが壊れてしまってね」盤面のガラスを指先で叩きながら言う。
「へえ、見せてみなよ」
青年は手を差し出してきたが、私はそれを遮る。
「いや、直さなくていい。急いでいるんだ。どんなのでも構わないから新しいのをくれ」
「どんなのでもって......おいおい、時計に愛着のない人なんだな。そんなに急いでどこへ行くってんだ」
「どうでもいいだろそんなこと。悪いな。この後も予定が詰まってる。無駄なお喋りしてる時間はない」パタパタと目に見えるよう足踏みをして促す。
「忙しい忙しいっていう奴ほど時間を無駄にしてるもんだがね。見たところ観光客みたいだが、旅行くらいはせっかちを忘れりゃいいのに。まあいいや、そんなアンタみたいな奴にピッタリの時計がある」
そう言って青年はカウンターからむきだしの、おそらく年代物の時計をぽいっとこちらに投げてくる。「そいつは『持ち主の時間』を教えてくれるありがたーい代物さ。そいつが周りの時刻とズレてたら気をつけた方がいい。あんまり急ぎすぎるなよ。時間に逆らってもいいことないぜ」
青年の意味深で生意気な口ぶりにムッとしつつ、余計な争いをしないようこらえた。「いくらだ?」
「お代はいいよ。俺のお喋りで無駄な時間を使わせちゃったみたいだからな。タイムイズマネーってことで」
「何だそれは。後で返せと言っても知らないぞ」
「そう言いつつもう腕に巻いてるじゃないか。ホントにせわしない人だな」
まあそれじゃあ良い旅を、と意味あり青年は笑みを含む。私はそれに手で返事をして店をでた。

時計はカチカチと小気味のいい音を刻んでいる。
私は早速予定を果たすべく、時計台までの坂を早足で登っていく。遅れた分を取り返しスケジュールをこなさなければいけない。

それから随分長く歩いたはずだ。時計台は近くに見え始め、あと10分も歩けば到着できる距離になった。
額に汗を浮かび始めたので、ハンカチで拭こうと足を止め、なんとはなしに手に入れたばかりの時計を確認する。
「ん?」
思ったよりも針が随分と進んでいる。時計台の時刻と見比べてもやはりそうだ。
――『持ち主の時間』を教える
先ほどの青年の言葉を思い出した。おくれて、なるほどあの男は壊れた時計を押し付け、事もあろうか、急く観光客をからかったのだなと合点した。タダのはずだ。理解したところで怒りが湧く。時計の針は通常よりずっと早く回っている。
意固地になって時計を巻き戻そうとベゼルに指をかける。しかし、ベゼルはビクともしない。何が私の正確な時間だ。壊れているだけじゃないか。
湧き上がった怒りを込めて力をめいいっぱい入れるとようやく時計は巻き戻った。10数秒だけ。しかも、ガリッと嫌な音を立てて。
時計の秒針はまたもや繰り言のように、今度は6から10の間を行ったり来たり。
「ちっ」
舌打ちをして、もう知るかと時計を脇にあったゴミ箱に捨てて、胸の怒りを吐き出すように深呼吸を繰り返す。
ようやく、さあ行くぞと気持ちを切り替えたとき、左腕には先ほどたしかに捨てた時計がある。
何だこれは。気味の悪い感覚に襲われながら、私は再びゴミ箱にそれを投げる。
落ち着くためにもう一度深呼吸してから、ちらと腕を見るとまたもや時計が戻っている。秒針は6と10の間を行ったり来たり。
『時間に逆らうなよ』青年の笑い顔が視界に浮かぶ。
時計は『私の時間』を刻み続け、繰り返している?まさか、ありえない。
しかし、私はいつまでもここにいる。時間という鎖で地面に縛られてしまったように。
時計台へ続く長い上り坂の途中、石畳の上で、次の一歩が踏み出せない。


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