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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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蟻地獄

16/05/13 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1017

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稲光に引き裂かれた黒雲から、あふれでた雨が大地にふりしきるなかを、俊之はいっさんにかけつづけた。雷鳴がしだいに接近しつつあるのも不気味だった。
まともに目もあけられないような雨に抗って彼が、しゃにむに走りつづけていると、前方に家らしい灯りが認められた。奥深い山中、ほとんど民家らしい建物などみかけなかっただけに、助けに船とばかり俊之はさらに速度をはやめた。
大きな屋敷だった。住人などいないようにみえるのだが、二階の窓にはいまも、彼をここまで招き寄せた灯りが、雨だれをとおしてぼんやり輝いていた。
緑青の噴いた扉を、なかばあきらめながら叩いた彼の耳に、重々しい足音がきこえ、やがて錠がはねあがり、扉は開いた。
こちらをみつめる男の目付は異常なまでにするどかった。
「旅の者です。すみませんが、雨宿りさせていただけないでしょうか」
「それはお困りで。どうぞ、なかへ」
その親切そうな口調に、かえって戸惑いながら俊之は、ほの暗い明かりにてらされた廊下に足をふみいれた。
とおされたところは、暖炉の炎にうかびあがる室内で、俊之は男と向かいあう形でソファに腰をおろした。
「ほかには誰もいないから」
と男は、俊之のためにコニャックをいれてくれた。
「本当に助かりました」
「どこを旅してきたんだね」
「いろんなところです」と俊之が、これまで巡ってきたところを情熱的に語るのに、相手はじっと耳を傾けていた。
「旅はいいなあ。私も以前はきみのような旅人だったんだ」
「いまは、もう?」
「そんなこともないが……」
と相手は、グラスの酒を一気に煽った。
病的なまでに青ざめた男の顔を、俊之は気づかわし気にながめた。そしてふいに、
「よかったら一緒に、旅にでませんか」
「旅に」
「ええ。もう一度、以前のような旅人にもどって、気ままに好きなところを巡るというのはいかがです」
俊之の言葉を反芻するかのように相手は黙り込んだ。おそらく彼のなかにも、旅へのつよい誘いがあったのだろう。しかし、いきなり荒々しく首をふり、
「この家を、離れるわけにはいかない」
「またもどってくるのですから」
「どうして、そこまで」
「なんだか、心配で」
それで彼の気持ちはきまったようだった。
二人は翌朝、家を出た。
その日は、ひたすら歩きつづけて、午後にはすでに家からかなり離れたところにいた。あたりは人気のない荒野で、さいわい廃屋をみつけて入りこみ、暖炉で火をおこして携帯してきた食料をあたためた。
「どうしたのです、なんだか落ち着かないみたいですね」
けげんそうに俊之はたずねた。
「家のことが気になって」
「大切なものはおいてないのでしょう。それともほかに、なにか―――」
つい詰問調子になった問いかけに、目にみえて相手は動揺しだした。こちらを見返したその顔は、形相すさまじく、目には殺気さえ帯びていた。
「やっぱり、だましたんだな。ここまでつれだしたのは、その間にお前の仲間が家を調べるためだろう」
「なにをいっているのですか。僕はただあなたの、健康を気遣って、気晴らしにと旅に誘っただけですよ」
「うるさい」
いきなり彼がナイフをふりかざして襲いかかってきた。もみあいながら倒れた拍子に、ナイフは彼の脇腹を深々とえぐった。
一時間後、家にあった台車に男の死体をのせて、もときた道をいそぐ俊之の姿があった。なんてことだ、どうしてこんなはめに………。嘆きながらも、とにかくもとの男の家をめざしたのは、あそこならまず、誰にもみつからないだろうという考えにみちびかれたからにほかならない。
やがて家についた俊之は、遺体を担ぎあげると、本能的に地下室におりていった。
地下室は、なにやら根源的な恐怖をそそりそうな悪臭がみちていた。着けたライターの火に、床に横たわる何体もの死体がうかびあがった。
それから2年がたったころ、道に迷ったという一人の男が家をたずねてきた。
「旅の者です。途方に暮れていたところ、この家の灯りがみえたので………」
「それはお困りでしょう」
俊之は彼を部屋にあげた。一緒に酒をくみかわしているうち、訪問者が旅の話に言葉をはずませはじめた。
「私も、以前はきみのように、きままな旅を楽しむ身だったんだ」
「へえ。それならどうです、よかったらいっしょに、旅にでませんか」
しばらく考えたのち、かぶりをふる俊之に、
「少しは気晴らしをされてはどうですか。旅はすてきですよ。ぜひ僕と、でかけましょうよ」
地下室のことが気になったが、清々しい旅先の空気を胸いっぱい吸いこみたい誘惑に俊之ははげしくかられた。彼が警察関係者で、仲間がどこかにいて、こちらがでるのをまって、家を捜索しないだろうか………いろいろ憶測が頭をかけめぐるも、旅の魅力の方がそれをうちけしていった。
俊之は明日、彼といっしょに旅にでることにした。


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