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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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映画『2001年宇宙の旅』について

16/05/13 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 yoshiki 閲覧数:1567

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 旅で何か書けないかと思っていたら、記憶が自動的に2001年を思い起こした。大好きな映画だから。知らない方の為に、少しだけ情報提供すると、原作者アーサーCクラークはSF作家で「幼年期の終わり」が代表作。映画版はスタンリー・キューブリックが監督・脚本を担当し、1968年公開された。1968年というと米ソ冷戦真っただ中だし、人類まだ月に行ってないのよ。
 その時に私はまだ中学生だった(歳がばれるけど)が、ともかくぶっ飛んだ。その頃ちょうど私は恥ずかしながら不登校の時期だったので、家で絵ばかり描いていた。今言えばニートか? それはともかくその頃の私は思春期でもあり、感受性の強い年頃だったのだろうか、意味不明な映画にもかかわらず、感銘というか、感動というか、今までの映画とはまるで違った印象を受け、これはもう芸術だと勝手に決め込んでしまうことにした。
 あれから数十年、私の中の評価は揺るがないのよ。これが。ちなみに個人映画ランキングベスト3は一位、2001年宇宙の旅、二位シザーハンズ・七人の侍、三位スターウォーズから猿の惑星まで十以上の映画が横に並ぶ。この映画不思議なことに後年になるほど、評価が上がると言う傾向があるから不思議(だから言ったじゃん)と言いたいね。ちなみに1989年外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」第1位になっている。
 ところが筒井康隆氏は当時、黒星をつけたし、尊敬する星新一氏は退屈だったと、のたまわった。なぜなの? まあ、作品の評価はつまるところ、個人の主観によると思うので、このさいどうでもいいさ。なんてね。
 この映画のテーマは人類の道のり、行き着く先だと思う。ここは幼年期の終わりと重なっていて、巨匠アーサーCクラークの一貫したテーマだと思われる。それが理屈でなく、ストーリー性はあるものの、セリフが少なく、説明がないものだから、難解な映画だと言う事になったのだと思う。この映画は感じるものなのだね。そう燃えよドラゴンの有名なセリフみたいな「考えるな、感じるんだ」ああ、本当にいいね。
「脳は体の一部なんかじゃない。身体全体なんだ」私はこう言いたいね。そしてまた音楽がいい。私事で申し訳ないが、結婚式の入場曲にリヒャルト・シュトラウスのツァラトゥストラはかく語りきを使わせていただいた。ところがこの曲、入場のタイミングを合わせるのが難しく、ホテルの方に入らぬ気を遣わせてしまった思い出がある。
 中学生の頃の私は、とにかく理屈やで鼻持ちならない子供だったかも知れないので、この曲の題名が、その内容も分からず読んでいたニーチェだったから、益々好きになった(見栄っ張りな私)それにしても印象に残るのは猿人が骨を空高く投げ上げ、その骨が宇宙ステーションに重なり、変化していくシーン。そして謎の石板モノリス。クラークからのメッセージは「人は何かに導かれ、ここまで来たのだけれど、まだここは終点ではないよ、まだ先があるんだ。想像を超えた先がね」私は勝手にそう解釈している。
 私は中学生の頃、先生に「なぜ人は生きているのですか?」と何回も問うたが(バカなガキでした)その答えの一端がこの映画にあるような気がしてならないし、クラーク自身もそう問うた人なのかとも思える。(えっ? そのくらい誰でも問うてます。あ、失礼)
 この映画を仏教的な輪廻、転生と解釈する人もいるが輪廻ではないよね。輪廻とは苦しみを現した言葉だし、今流にいえばループ地獄だよね。輪廻から脱却した涅槃こそが安堵なのだから、エンディングに出てくるスターチャイルドはもしかしたら、涅槃に入られた釈迦の横顔なのかもしれない。そう考えるとまた楽しい。
 この映画の舞台裏を語ってみたり、キャスティングがどうだとか、カメラがどうとか、セットがこうとか、いろんなことが書かれているが、それらにあまり意味がないと思う。
 すばらしいSF映画は近年何本もできた、出来ている。撮影技術も昔の比ではない。だが、どうしても私の中では2001年を超える映画が出てこない。考えるにこの映画の魅力はやはり、映像美に尽きるのかもしれない。美術品なのだ。だから劣化しないのだと思う。そして内容が高い精神性を誇る。
 人は物の評価が自分で下せないとき、周りの評価を基準にしようとする。レッテル効果ともいえるもので、ピカソの絵はうまいと思わないのだけれど、あの有名なピカソが描いたのだから素晴らしいんだ、みたいな。
 だからこういう人達も2001年を評価しているのかもしれないが、そういうのは有難迷惑で、というか、作品と呼べるものには、それを評価する者と、評価しない者がいて当たり前で、これって至極、健全なことだと思う。かの水木しげる氏は漫画の序文ほどくだらないものはないとおっしゃったので、ここで終わりです。


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このストーリーに関するコメント

16/05/29 泉 鳴巳

yoshiki様

拝読致しました。
「2001年」は私も大好きな作品です(板挟みになる中間管理職ポジションのHALに妙に感情移入してしまいます)が、未だしっくりくる自分なりの解釈が見出だせていないので、yoshiki様の解釈と考察を非常に興味深く読ませて頂きました。
とうに2001年を過ぎている現在においても、劇中のビジュアルイメージが時の流れに淘汰されることなく、今もなお名作として燦然と君臨し続けていることの凄まじさを改めて実感致しました。

16/05/29 yoshiki

泉 鳴巳さん コメントありがとうございました。

お読みいただき、そして2001年が大好きとはとてもうれしく感じました。この映画の場合、最近見るのが少しだけ怖いのです。いとしい恋人の姿は心の中のスクリーンで見ていたいという意味で。昔の映画だけに感じ方が情緒的になるのは仕方ないと多少自分でも反省しています。

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