1. トップページ
  2. 蜜柑を一房

デヴォン黒桃さん

「黒桃将太郎」名義でKindle作家として活動。「デヴォン黒桃」名義で猫面師としてアート活動も。人間ドラマや人の感情に興味があり、書きたい物をジャンル問わず書いております。「黒桃短篇集」発売中昭和浪漫のスコシばかり怪異なお話、アナタの脳髄へソット、注入サせて頂きます。 心の臓のヨワい御方は、お引き返し下さい。 精神に異常をキタしても、責任が取れませぬ故。http://amzn.to/2jPBe4m

性別 男性
将来の夢 りっぱなおとな
座右の銘 悔しいけど感じちゃう

投稿済みの作品

7

蜜柑を一房

16/05/13 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:4件 デヴォン黒桃 閲覧数:2521

この作品を評価する

 
 源十郎サマ……嗚呼、モウ一度だけでも、壱刻だけでも、又御目に掛かりとう御座います。美代子は、涙も涸れ果てて、マイニチ哀しく、独りで暮らしております。

 イッソ、戦死の報告でもアレば、此の身をアノ川に沈めて仕舞い、貴方の御側に逝きとう御座いますのに、モシヤ明日にでも、今帰ったよと、扉が開いて、源十郎サマが私を抱いて呉れやしないかと夢見て仕舞い、生きながらえている有り様です。

 美代子は、源十郎サマと、この家で仲睦まじく、只暮らしておりましたのに、突然の召集令状で、帝国陸軍に取られて仕舞いました。

 お国の為に、戦って来るよと、勇ましく吠える源十郎サマを、美代子はナント云うて見送れば宜しかったのですか? 泣いて縋って、引き留めたい心中で御座いましたのに。

 ソンナ美代子を見かねて、庭の蜜柑の大きな木から、でっぷりと大きく太った甘夏蜜柑を、泣いた美代子に割って呉れましたね。
 
 みっともなく開いた美代子の口に、蜜柑を一房放り込んで呉れた源十郎サマ。
 美代子が、余りの甘酸っぱさに驚いて仕舞いましたのを、優しく笑って見つめて呉れましたね。

 召集の日にお見送りしてからは、徴兵検査にでも引っ掛かって、戻って来ては呉れまいか、と、今、足音がしなかったかしら? と、何時も耳を澄まして仕舞います。
 ソンナ想いばかりが脳髄に浮かんでは消えてゆき、床に就いても眠れぬ夜を過ごして居ります。

 
 冬を超えて、春を控えて、甘夏の木には、白い小さな花が咲き、甘い香りが美代子を慰めて呉れる様で御座います。
 愛らしい花にブンブンと、ナニヤラ騒がしく飛び交って居る蜂達、蜜を集めて廻って居るのでしょうか。やがて、花が散り、実が膨らんで行くのでしょう。


 美代子は、只、源十郎サマに逢いたい想いがドンドン膨らんで参ります。ご近所の奥様方も、お国の為とは云いつつも、夜な夜な涙を流して居るのを、幾度も見てしまって、共に泣いて暮らして居ります。
 召集令状で掻き集められた兵隊さん達は、皆無事に帰って来られるのでしょうか。
 帝国陸軍が不利に成ったとラジヲを通じて、聞きました。源十郎様の戦死通知が来ておらぬ事だけが、今の美代子の救いで御座います。
 帝国陸軍は、兵隊の命を一銭五厘と値踏みして、次から次へと、美代子の様な悲しい女を作って居る様子。
 
 
  一銭五厘の
     兵とは云えど
         貴方を値踏みは 出来はせぬ
 

 美代子にとっては、如何ほどお金を積まれようとも、ドレだけの金銀財宝を積まれようとも、源十郎サマにお逢いしたい一心で御座います。

 ご近所の奥様方が、泣き叫ぶように駆けて来て、ラジヲの有る部屋へおいでと、美代子の手を引いて来るので、美代子も此れは何事かと、駈け出したのです。
 ラジヲからは、玉音放送。


 ――堪へ難キヲ堪へ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス――

 嗚呼、帝国陸軍は負けて仕舞ったのですね。美代子は、国の明暗よりも、源十郎サマの生命の灯火が消えて無い事だけを祈っております。
 ソンナ事を云うなと、源十郎サマに叱られて仕舞うかも知れませんね。エエ、是非、美代子を叱って下さい、其のお声で、美代子、美代子と、名前を呼んで叱って下さい……


 ――ソロソロ熟して来た、甘夏蜜柑達が、風に吹かれて揺れる枝、自身の重みに耐え切れなくなって、ボトリと落ちては転がっていっております。
 美代子が、源十郎サマを思い出しながら、転がって行く蜜柑を追いかけて居りました所に、人の足音が聞こえました。
 
 嗚呼、マサカ、帝国陸軍からの戦死通知を持った兵隊さんが、ウチを訪ねて来たのだろうか……隣の奥様方の所へも、イキナリ兵隊さんが戦死通知と遺髪を持って訪ねて来たと云うて、泣いて居りましたもの。
 モシ、戦死通知で在るならば、美代子は、此の身をアノ川に沈めて仕舞うて、源十郎サマに逢いに行きます。

 何も云わない足音の主の、顔を見ようと思うても、今にも涙が溢れてしまいそうで、振り向くのが恐ろしゅう御座います。
 
 ソコにもう一つ、ボトリと落ちた、甘夏蜜柑の音。
 風の仕業で落ちたのか、後ろに立って居る御仁がもぎ落としたのか……

 ソシテ、今、美代子が涙を流して居るのは、風に乗って匂う、割られた甘夏蜜柑の甘酸っぱさに、ズット恋い焦がれていた、源十郎サマの匂いが混ざって居るのに気付いたからに違い有りません。
 
 お帰りなさいマセ、源十郎サマ……
 泣きながら、そう云う美代子の、開いた口に、蜜柑を一房放り込んで呉れました。



 了


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/05/16 にぽっくめいきんぐ

拝読しました。

書く側の視点での感想は、
美代子の感情をこんなにいろんな角度から、多彩に表現できる所に圧倒されました。私には絶対できません。

読む側の視点での感想は、
源十郎がどういう思いだったのかも読みたいと思いました。
美代子の口と、源十郎の手の間に、一房の甘夏蜜柑があるわけですよね。なので、蜜柑が繋ぐ「両者」の心境が見たい、と思ったわけです。

16/05/16 デヴォン黒桃

にぽっくめいきんぐ様
感想ありがとう御座います。
待つ女の心情をうまく表現できたようで、伝わって良かったです。

源十郎の心境は、皆様の心のなかでご想像頂けたら幸いです。

16/06/12 光石七

拝読しました。
カタカナ交じりの表記が時代を伝えると同時に、美代子の源十郎への一途な想いを際立たせているように感じました。
甘夏の使い方も秀逸で、ラストは私も甘夏の香りを嗅いだような、安堵の余韻に浸りました。
秀作だと思います。

16/06/12 デヴォン黒桃

光石七様
ありがとうございます!
匂い立つ感情をクスグレたのであれば、嬉しい事この上ないです!

ログイン