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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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春らんまん

16/05/09 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:5件 冬垣ひなた 閲覧数:1010

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 夕陽がまだ落ちず、見慣れた風景を金色に染め上げている頃、幸一は家路についた。
 くたびれた自転車の前篭に、小さな買い物袋を乗せて。
 通い慣れた坂道を、2つの銀輪は錆びついた音を立てながら、幸一を乗せて上って行く。あと、もう何回だろう。定年間近の幸一は、数えようとしてやめた。


「ただいま」
「お帰り、おじいちゃん」
 自宅に帰ると居間の座卓に、近くに住む孫娘の姿がある。何事もなかったように、幸一はその横にどっかりと座る。
 なんだか、居心地が悪い。
「おう、理沙か」
「おじいちゃん、またおばあちゃんと喧嘩したんだって?」
 理沙のくりくりとした目を更に丸くした所は、小さい頃の娘によく似ている。『子はかすがい』と言うが、昔から親の仲裁をしなれた娘の役目は、この理沙に引き継がれ、勝代は何かあるごとに孫を呼ぶのだ。年頃になればそんな事も嫌がるだろうと思っていたが、世話好きの理沙は、大人になった今も変わらず万事ぬかりなく我が家を仕切るのであった。
 キッチンに立っているらしい勝代に聞こえにくいよう、幸一は小さな声で愚痴る。
「だって、だってな。弁当のおかずが……そっくり前の日の晩飯だったんや」
「それで怒ったの?おじいちゃん、美味しいって言ったからもう一度入れたのにって、おばあちゃん言ってたよ?」
 お茶を入れながら、理沙がたしなめる。
「そうじゃけども、彩りに卵焼きくらいは入れてくれてもいいんじゃないか?」
「『煮物だとかひじきだとか、地味なおかずばっかり好きな人に言われたくありません!』だって、おばあちゃん」
 理沙は、今朝がた無言で弁当を詰めていた勝代の心を代弁する。
「美味いもんは仕方がないだろう……」
「おじいちゃん、そこ!『おばあちゃんの料理が上手いんだ』って言わなきゃ。あたし、来月からもういないんだからね」


 まるで、旅行にでも行くような軽やかさで言う孫は、6月には、純白のウェディングドレスを着てお嫁に行く。
 理沙の幸福を願う一方で、幸一は寂しくなった。
 自分だって、若い頃は情熱を持っていて、まっさらなキャンパスに描かれた、夢見がちな未来は地平線のかなたまで明るく澄み渡っていた。
 それが今は、何もかもが白く、初めからなかったかのように、もとに還って行く。
 ぼんやりとした終わりに近づいている予感と不安。


 ふと理沙の手が、先程の買い物袋を差し出した。
「これ、おばあちゃんに買って来たんでしょう?」
「あ、いや……」、お前に迷惑かけとれんからなと幸一は口ごもる。
「あたしが来るなんて、思っていなかった?」
 私忙しいって言ったもんね、理沙は訳知り顔に頷いた。
「い、いや、わしらお前に来てほしいから喧嘩したわけじゃないぞ?」
 今思えばひどく子供じみた喧嘩で恥かしくなってきた。幸一は頭を掻きながら、キッチンに行った。
「勝代」
 味噌汁を作る勝代の手が止まり、幸一の方を見た。良かった、理沙が来て少しは機嫌を直してくれたらしい。
「これ、買ってきた」
 勝代は、幸一の無造作に差し出した袋を開く。
 

 それはそれは、ふっくらとした薄緑の、春の色。
 なめらかな鞘には、太陽と大地に育まれた、大粒の豆が入っている事だろう。
「えんどう豆。もうそんな季節ね」
 勝代の口元が、少し笑う。
「お前、好きやろ。豆ご飯」
 妻の好物を言い当てて、幸一は「すまんかったな」と謝った。
「あなた色に染まるなんて言ってたら、とてもつまらないおばあさんになってしまいましたよ」
「それは嫌味か?」
 勝代はふふっ、と笑う。
「幸せはおすそ分けするものですよ。娘に、孫に」


 夕食は理沙も一緒に食卓を囲むことになった。
 鰆(さわら)の西京漬けに、ぜんまいの卵とじ、筍の若竹煮。ほうれん草のおひたしかと思い口にしたら、口に独特の香りが広がる。これは……セリだ。
 娘の作るようなパスタやサラダに比べれば、いまひとつ華やかさに欠けるかもしれない。
 けれど、去年も一昨年もその前も。
 家族と向かい合って食べた光景は、色鮮やかにふっと思い起こされた。


 理沙は春の味覚を満足げに頬張る。
「おばあちゃん、おいしいよ。これレシピ教えて」
「そう。それじゃ、お家に持って帰りなさい」
「今度はあたしが何か作るね」
 理沙は気づかぬうちに、新米主婦の顔になっていた。


 夢を育んでは、家族に贈った45年。
 それは勝代も同じ。
 巡り巡って、孫から戻るおすそわけ。
 白く還っていく人生に、またぽつりと綺麗な花が咲いた。


 翌日、幸一の弁当も同じメニューだった。
 おまけで入っていた卵焼きに、ケチャップで赤いハートマークが書き足されていたりしたので、幸一は含み笑いする妻の顔を思い描く。
 人生、いまだ春の最中。


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このストーリーに関するコメント

16/05/11 冬垣ひなた

≪補足説明≫
こちらの写真は「写真AC」からお借りしました。

16/05/25 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

いいですね。
おじいさんが夫婦のいい味を出してますよ。

うちの旦那なんか、こないだ病院で血圧を測ったら上がっていたのは、
私の作った煮物の味が濃いせいだなんて言うんですよ。

マジ、ムカついた!
だいたい、元々血圧の高い家系のくせして・・・夫婦って、そんなしょうもない
ことでケンカしたりするもんですよ(笑)

16/06/04 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

オフラインで今までで一番人気の高かったのが、まさかのおじいさんキャラなので、そのパターンで今回作らせていただきました。今度はおばあさんキャラにも力を注ごうかしら。
人からもよく聞きますが、夫婦のトラブルは色々ありますね。味付けの件はうちでも親がもめた記憶が……なんだか似ていますね(笑)。

16/06/11 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。
小さないさかいさえも、幸せな日常のワンページになるような
とっても素敵なお話ですね。
特に食卓のメニューが素敵すぎる!
たまにはイタリアンも中華もいいけど、和食は毎日食べても飽きないです♪
(作る方は結構めんどくさいけど)

16/06/12 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

こういうまったりほのぼのした話というのも好きなのです。目まぐるしい生活だからこそ、日常に目を向けるようにしたいですね。
道の駅が近くにあるので旬のものはよく作ります。あんまり料理うまくないので、クッ○パッドを駆使して、たまに失敗しながら(笑)頑張っています。

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